基原の項における原動植物の記載については、一つの生薬に数種の基原がある場合は、なるべく全種名を記載するのが望ましいが、主な種名を記載し、その後にその他のものを「その他同属----」、「その他近縁----」などという一括表現で記載していることを、ここでは示している。かなりあいまいさを残した表現にもかかわらず一括表現せざるをえないのは、やたらと多数の種名を列記するのをさけるため、また植物学上又は生薬学上不確定な種名(学名)を示すのは好ましくないという事情もある。実際面では不確実な種とはいえ通常品がその種から現実に供給されていることも無視できないからである。
「その他同属----」に関連しては次のことに留意する必要がある。基原が同属であっても生薬としては別(類似であることは確かだが)であるケースは多い。次にその実例を示す。この場合は系統分類学的には別系統である(つまり種分化の観点から近縁ではない)ことが多い。局方において基原が「その他近縁---」と記載されているのは、動物基原のユウタンのみである。系統分類学に精通していないと近縁性を理解するのは困難である。
1.同属基原で使用部位の異なるもの
- オウギ Astragali Radix
- Astragalus membranaceusまたはA. mongholicus の根
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- トラガント Tragacantha
- Astragalus gummiferまたはその他同属植物の幹の分泌物
低分子成分ではサポニンで共通するものがあるなど似るところもあるが、多糖体の有無がもっとも大きな相違点で、用途も全く異なる。
- キジツ Auranntii Fructus Immaturus
- ダイダイCitrus aurantium var. daidai又はナツミカンC. natsudaidaiの未熟果実
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- チンピ Aurantii Nobilis Pericarpium
- ウンシュウミカンC. unshiu又はC. reticulataの成熟果皮
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- トウヒ Aurantii Pericarpium
- Citrus aurantium又はダイダイ C. aurantium var. daidaiの成熟果皮
成分的にはいずれも精油、フラボノイドなどを主成分として類似し、薬理的にはほとんど同じと考えられる。トウヒは芳香苦味健胃薬として使われるが、キジツ、チンピは主に漢方薬として用いられる。
- ケツメイシ Cassiae Semen
- エビスグサ Cassia obtusifolia 又はC. tora の種子
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- センナ Sennae Folium
- Cassia angustifolia又はC. acutifoliaの葉
成分的にはかなり異なるが、ともにアントラキノン及び類縁体を含み、用途も緩下剤として使われるなど共通点がある。センナはビアントラキノン誘導体であるセンノシドを含むが、ケツメイシはこれを含まない。最近の分類学ではSenna属とする。
- シャクヤク Paeoniae Radix
- シャクヤク Paeonia lactifoliaの根
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- ボタンピ Moutan Cortex
- ボタン Paeonia suffruticosa (Paeonia moutan)の根皮
成分的にかなりの相違があり、用途の上でも共通点はない。ともに漢方薬でシャクヤクは鎮痙薬、ボタンピは駆お血薬として使われる。
2.同属基原で使用部位を同じくするもの
- オンジ Polygalae Radix
- イトヒメハギ Polygala tenuifoliaの根
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- セネガ Senegae Radix
- セネガ Polygala senega又はヒロハセネガ P. senega var.
latifoliaの根
オンジは中国原産、セネガは北米原産と、それぞれの産地は地理的に遠隔にもかかわらず、構造の類似したサポニンを含有し、一部は共通する。ともに去痰薬として使われる。
- キョウニン Armeniacae Semen
- ホンアンズPrunus armeniaca又はアンズ P. armeniaca var. ansuの種子
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- トウニン Persicae Semen
- モモ Prunus persica又はPrunus persica var. davidianaの種子
含量を問題にしなければ成分的にはそれほど差はない(青酸配糖体を含む)が、漢方における用途が全く異なる。キョウニンは鎮咳、去痰薬、トウニンは駆お血薬として用いられる。
- ゲンチアナ Gentianae Radix
- Gentiana luteaの根
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- リュウタン Gentianae Scabrae Radix
- トウリンドウ Gentiana scabra, G. manshurica又はG. trifloraの根および根茎
ともに成分的にはかなり類似する。ゲンチアナは苦味健胃薬として用いるが、リュウタンは漢方に於いて健胃の目的で用いることはなく、文化的な相違が大きい。
- コウジン Ginseng Radix Rubra
- オタネニンジンPanax ginseng (P. schinseng)の蒸した根
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- ニンジン Ginseng Radix
- オタネニンジンPanax ginseng (P. schinseng)の根
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- チクセツニンジン Panacis japonici Rhizoma
- トチバニンジン Panax japonicusの根茎
コウジン、ニンジンは加工法の違いのみで、基原は全く同じで漢方における用法はほとんど同じである。一方、チクセツニンジンは健胃、去痰薬として用いられ、時に漢方処方においてニンジンの代用とすることもあるが、本来の用法ではない。成分的にはサポニンを含有するが、構造にかなりの差異が見られる。
- ソウジュツ Atractylodis Lanceae Rhizoma
- ホソバオケラAtractylodes lancea またはA. chinenseの根茎
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- ビャクジュツ Atractylodis Rhizoma
- オケラ Atractylodes japonicaまたはオオバナオケラA. ovataの根茎
ともに漢方薬で、成分的にはかなり異なる。中国ではソウジュツとビャクジュツの用途はかなりの相違があるが、日本では区別しないことが多く、時に両方を配合することもある。
- トウキ Angelicae Radix
- トウキAngelica acutilobaまたはホッカイトウキA. acutiloba var.
sugiyamaeの根
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- ビャクシ Angelicae Dahuricae Radix
- ヨロイグサ Angelica dahuricaの根
トウキはフタリド、ビャクシはクマリンを主成分とするなど、成分的にはかなり異なり、漢方における用法も異にする。