ソメイヨシノPrunus yedoensis MATSUM.の實生について
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 引用文献:Acta Phytotax. Geobot, 15(4): 116, 1954.
 京都大學の植物學敏室から植物園に向う道端には立派なソメイヨシノが10數本植わつていて、毎年春には枝一つぼいに美しく花をつける。今から約20年程前(年ははつきりしない)、小泉先生が園丁の井上清三郎氏に命じてこの種子を集め、蒔かしておかれた實生の中、數本がその後すつと同氏のせわによつて無事に成長をとげ、植物園の片隅に目下目通り10數cmに達している。この中1-2本が1949年に初めてごく少數の花を着けた。小泉先生はソメイヨシノについて非常な關心を持つて居られたので、この實生の栽増をしておかれたのであるが、この時すでに先生は米澤にお帰りになつていたのでせつかくの開花も生品を見ていただくことが出來なかつた。1950年には相當數花もついたので標品に作つて米澤に御送りすると共にこの事を報告申上げたが、その後これについての御報告もないのでここに報告する。
1)ウバヒガン-ソメイヨシノ中間型
 開花はウバヒガンとほぼ同時でソメイヨシノよりやや早く、花は淡紅色で徑3.5cm内外(ソメイヨシノよりはやや小さくウバヒガンよりは大きい)、萼筒は有毛で紅褐色をびウバヒガンの樣に下部が少し丸くふくらむ。萼裂片は鈍頭で緣に微鋸齒があり、花柱は有毛。
2)ソメイヨシノ型
 これは親樹とほとんど変りのないもので、花は徑4cm内外で淡い淡紅色、萼筒は紅褐色を帯び楕園形で有毛、萼裂片は鈍頭、花柱は有毛。
3)ソメイヨシノ-オオシマザクラ中間型
 花は徑4cm内外でほとんど白に近く、萼筒は淡線色で下部やや細くなりやや有毛、萼裂片は三角形で鋭頭、花柱は無毛。花柱が無毛であることや、萼が淡緑色で基部やや細く、裂片が鋭頭であこと等はオオシマザクラに似るが、萼裂片は短く、萼筒がやや有毛である点等はソメイヨシノとの中間的性質を示す。
 これはソメイヨシノの雜種起原読に興味ある資料を提供するものであると思う。しかしこれ等の實生は一本の親木から種子が採集されたものでないこと、及び實験的注意を以つて受粉を管理したのではなく自然に生じた種子を集められたものであつて、採種された場所にはソメイヨシノだけが植えられているが、約100mばかり離れた所にはヤマザクラの並木があり、更にそれより數10m離れた植物園内にはオオシマザクラ、イトザクラ、ウバヒガン等も植つているので、これらとの自然交配の可能性も全々ないわけではない。だからこれを以つて直ちに雜種起源説の裏付け資料とすることは危険があることを附言し、ただ事實の報告にとゞめておく。(村田源)