クマツヅラ(クマツヅラ科)
Verbena officinalis (Verbenaceae)

kumatsudzura

→戻る(2004.6.12;帝京大学薬用植物園)

【解説】 北海道を除く本邦の山野や道端に生える多年草でユーラシアに広く分布する。茎葉に細毛が生え、茎は4稜あり、上部で枝分かれする。葉は卵形~惰円形で縁に粗い鋸歯があり、しばしば羽状に深裂~浅裂する。とりわけ下部では大きく3裂し、さらに羽状に深裂する。葉脈は深くへこむ。花期は6~9月、枝先に長く細い穂状花序を出し、小さな淡紅紫色の花をつける(→花の拡大画像。熟して分離果をつけ、それを構成する分果は小さい。本草では『名醫めいい別錄べつろく』の下品に馬鞭草バベンソウとして収載され、『本草ほんぞう和名わみょう』では久末くま都々良つゞらの和訓をつけ、この名は現在まで踏襲されている。『薬物誌』には本種に該当すると思われるものが2品収載される。第一はPERISTEREON UPTIOS (“περιστερεὼν ὕπτιος”)、異名IEROBOTANEであり、花色は淡い紫とあり、附図1もよく特徴を表している。PERISTEREONは古代ギリシア語でハトを意味し、ディオスコリデスはこの植物の周りでハトが喜んで止まることからこの名がついたと説明する。UPTIOSは“supine”すなわち「仰向けになった、怠惰な」という意であるが、本種との関わりについてはよくわからない。別名のIEROBOTANEは、「聖なる」という意の“ἱερόν” (hieros)と「植物、ハーブ」を意味する“βοτάνη” (botanē)との複合語で、古代ギリシア人・ローマ人は祭壇を祝福するために本種を使ったからといわれる。第二はPERISTEREON ORTHOSで、ORTHOSは古代ギリシア語の“ὀρθός”で「直立の、真っ直ぐな」という意であり、ディオスコリデスが1つの根に1本の茎が出て附図2、湿地に生育すると記載しているように、本種の特徴とは相入れない。したがって、本種は『薬物誌』のPERISTEREON UPTIOS一名IEROBOTANEとなり、薬能は黄疸、炎症、浮腫、潰瘍、扁桃腺によいとある。属名はラテン語名のverbenaヴァービーナをそのまま採用したものだが、中国名の馬鞭Mǎbiān草と不思議なほど音がよく似るのは偶然ではあるまい。中国本草では『名醫めいい別錄べつろく』の中品として初めて収載され、漢代以前の漢籍にその名を見ないからだ。それに『重修じゅうしゅう政和せいわ經史けいし證類しょうるい備用びよう本草ほんぞう』の掲載する衡州馬鞭草の附図3は『薬物誌』の附図1とよく似る。『新修しんしゅう本草ほんぞう蘇敬そけいでは本種の細長い花穂を馬の鞭鞘に見立ててつけたと説明するが、西洋の影響を受けて用いるようになった可能性も十分にあり得るだろう。ただ『金匱きんき要略ようりゃく』の「禽獸魚虫禁忌并治」に“鱠を食ひて多く消えず、結びて癥病とす爲し、之を治す方”に馬鞭草一味を用いる処方があるが、同書はほかにも後世に追加された処方が少なくなく、これもその一例であろう。
引用文献:References参照。