生物多様性が豊かといわれる熱帯地方ですが、有用植物も温帯地域には見られないものが多くあります。ここでは熱帯、亜熱帯産の有用植物について独断的な評論を加えつつ紹介いたします。今回は幻の熱帯フルーツ「マラン」を紹介します。画像をクリックしますと拡大画像になります。
前回は熱帯フルーツの王様「ドリアン」について辛口の評論をしましたが、今回は掛け値なしに”おいしい熱帯フルーツ”を紹介いたします。そのフルーツの名を「マラン(Marang)」といいます。ドリアンほどではないがかなり強烈な臭いがあり、空港では機内への持込を断られたほどです。その臭いのため、一般にはドリアンの仲間と誤解されていることが多いのですが、植物学的にはクワ科Artocarpus odorassimusというパンノキ属の1種です。マランはしばしばフィリピンを代表する珍味のフルーツとして紹介されていますが、その原産地はボルネオです。サラワクでは標高1000メートルまでの山地に普通に野生する常緑高木です。水はけのよい土壌で年間を通して均等に多量の雨量に恵まれる地域でもっともよく生育します。収穫期はフィリピンはミンダナオ島では9月からで10、11月が最盛期です。右上の写真はミンダナオ島ジェネラルサントス市の露店での光景ですが、9月末ではやっとマランが市場に出てきたばかりで値段もかなり高価でした(1個200ペソほどで現地の物価水準からすると高い)。しかし、収穫の最盛期には値段は数分の1に落ちるそうです。
さて、その性状についてですが、果実の大きさは直径20センチほどで、ドリアンとほぼ同程度で、重さ1~2kgです。インド原産でパラミツという同属植物(右写真:1984年8月、インドネシアバンドン市にて)がありますが、その果実をジャックフルーツと称し、東南アジアで広く栽培されています。マランはその果実と表面の感じがよく似ているのですが、それよりずっと小ぶりです(ジャックフルーツは重いものでは40kgになります)。左写真は熟したマランの内部を示したものです。白い部分が食用部分ですが、ほのかな芳香があり(果実から発散する臭気とは明らかに違います)、ジューシーで甘く、そのおいしさは熱帯フルーツの中でもピカイチといってよいでしょう。この可食の白い部分は集合花を構成する小花の花被が多肉化したもので、この中に種子が入っています。種子も炒れば食べられますがが、塩水中で30分ほど煮るとナッツのようなフレーバーがしておいしいといわれています。また、未熟果実はココナッツミルクとともにカレーとして調理し食べられているそうですが、まだ味見したことはありません。そんな食べ方はちょっともったいない気がします。因みに、果実の形のよく似たジャックフルーツでは多肉部は黄色でマランほどジューシーではなく、風味はチーズのようで味は数段落ちます。
マランの味は間違いなく熱帯フルーツの中で上位にランクされると思います。しかし、ドリアンよりもなじみの薄い果実ではないでしょうか。世界的に見ても、商業生産が行われているのはフィリピンだけで、その主産地はミンダナオ島です。フィリピンでの栽培面積も1700ヘクタール、年間生産量は8000トン足らずで熱帯フルーツとしてはマイナーな存在といわざるを得ません。フィリピン以外ではわずかにサラワクで小規模な商業生産があるだけで、しかもローカル市場で取引されるにすぎないようです。これほど美味の果実がなぜもっと栽培されないでしょうか?実は主産地のフィリピンでも生産地とその近傍以外で見ることはなく、マニラではほとんど見かけません。その理由としては採集してからの日持ちが悪く、また収量も他の熱帯果実と比べて低いことがあげられるようです。流通形態がまだマランを大都会の店先に置くのを許すほど成熟していないことにも原因があると思います。現状ではマランはドリアン以上の「熱帯フルーツの珍品」といってよいでしょう。