万葉集 植物さんぽ図鑑
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定価 ¥1,600+税

本書は、万葉集に詠まれる植物名のうち、草本60種を収録して1つの植物に1つの歌を選定し、植物を情景の中心に置いて解説しました。古典に登場する植物名からそれがどんな植物種であり、いかなる情景で詠まれているか解明するのは植物そのものを詳しく知る必要がありますので、旧来の国文学ではおよそ荷が重すぎるといって過言ではないでしょう。万葉集に登場する植物名の多くは、古典的植物学書というべき和漢の本草書にも記載されていますので、本書ではその記述を徹底的に考証し万葉集やそのほかの古典に記述された情景と整合させた上で、植物学分野ならびに薬学分野の知識を導入し包括的に解析する手法に基づいています。要するに、文系と理系の知識を融合させて万葉植物を解明すればよいのですが、文系・理系の当該分野の専門家のコラボレーションであれば、理想的な結果が得られると多くの人は考えるでしょう。しかし、文系と理系の縄張り意識は容易に克服できるものではなく、必ずしもうまく機能するとは限りません。本書は、生薬学・薬用植物学・民族植物学のほか、和漢古典医学の研究を通して本草学に造詣の深い理系出身の著者が一人で執筆し、古代人の生活空間において万葉植物がどう位置づけられていたのか、古代人がどのような目線で植物の種認識をしていたのか、旧来の国文学とはひと味違う視点で解説しているのを特徴としています。
 やはり、対象は植物ですから、プロの写真家が撮影した鮮明な写真を添付し、歌の情景に合うようなクローズアップ画像も付け加えてあります。その点では類書と変わりませんが、それをベースとして解説をよく読み比べて見てくだされば、大きな違いがあることに気づくはずです。現代人は科学的知識の先入観に取り憑かれているあまり、同じ植物を見ても、古代人とはまったく視点が異なります。現代人の目では美しいと思う花であっても、古代人はまったく別の部位に関心を寄せて歌に詠むことが少なからずあります。すなわち、古代人と現代人の目の付け所が必ずしも同じではなく、当然ながら、歌の内容にも反映されます。たとえば、ススキオギを的確に区別するには植物学の専門的知識を要します。流行歌にも唱われた「河原の枯れススキ」のほとんどはオギであってススキではありません。すなわち現代人はススキとオギを混同しているのですが、不思議なことに古代人がススキ・オギを混同した形跡は見当たらないのです。旧来の国文学はかかる点にはまったく言及していませんので、現代人の目線を通した植物のイメージでもって歌などを解釈していることになりますが、それでは脚色したフィクションにすぎません。なるべく古代人の目線を意識してノンフィクションを貫き通しているのが本書の歌の解釈の特徴だと思ってください。もう一つ付け加えると、万葉の植物名の中には本草学などに手掛かりがなくまったく不明とされたものがいくつかあります。万葉人は何らかの植物を見た上で歌を詠んでいるのですから、該当なしではないことは確かです。これも現代人の視点から植物を見ているからであり、 広く植物を丹念に拾って検討していきますと、情景にぴったりの植物に突き当たります。本書には未発表の新データも含まれています。その解答はここでは申し上げませんので、興味のある方は本書をお読みください。