豊かな日本の生物多様性(Biodiversity)
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意外に広大な日本列島

 日本列島はユーラシア大陸の東端にあって、北はオホーツク海、西は日本海、南西部は東シナ海を挟んで大陸と面し、東は太平洋を望む。日本列島は千島列島弧(ウルップ島以北はロシア領)、狭義の日本列島弧、南西諸島弧(尖閣諸島も含む)、伊豆小笠原諸島弧の四つの列島弧からなり、そのほか、太平洋上に南鳥島、沖ノ鳥島、沖大東島、日本海には竹島があり、これらは洋上の孤島と存在する。島の総数は約7,000で、総面積は約38万平方キロと小さいが、リアス式海岸は所々にあって複雑で海岸線の総延長は35,000キロにおよぶ。北は宗谷岬の北緯46度から南は北緯20度の沖ノ鳥島、西は東経123度の与那国島から東は東経158度の南鳥島まで広大な海域を囲み、経済水域(EEZ; exclusive economic zone)の総面積は陸地面積の10倍以上の約450万平方キロで、世界6位にランクされる。気候的には北海道および本州の高山は亜寒帯に、南西諸島と小笠原諸島は亜熱帯に属し、それが本邦の自然環境をきわめて多様にしている。列島の平均雨量は1600ミリあって湿潤気候となり日本全土が生態学的に森林が発達する条件を備えている。そのため国土の3分の2が森林で覆われている。人口3,000万人を擁する首都圏は人口過密でもっとも開発が進んだところだが、それでもちょっと近郊に足を運べばその豊かな自然が随所に残る。東京都心から中央線で1時間ほどの距離にある高尾山は標高600メートルの低山に過ぎないが、冷温帯と暖温帯の境界線上に位置することもあって多様な植物が分布し約1200種の植物が知られている。また多摩地区と埼玉県にわたる狭山丘陵は典型的な里山であり、約990種の高等植物が分布することが知られている。本サイトでも東京都多摩地区(八王子市、町田市)、旧神奈川県津久井郡相模湖、津久井町(現相模原市緑区)の人里に生育する高等植物の画像を紹介しているが、これまでに約700種以上にのぼっており、これだけでもわが国の自然がいかに豊かであるか理解するには十分だろう。

広大な日本の経済水域


日本列島の位置とその経済水域(海上保安庁より)

世界が認めた日本の生物多様性

 わが国は国土は狭く資源に恵まれていないとほとんどの日本人は信じている。いや、信じ込まされてきたというのが正しいかもしれない。先日、父親の遺品を整理したとき、戦前の国定教科書があった。地理の教科書には日本の自然環境の豊かさ、資源の豊富さが記述されてきた。戦前の帝国日本は南樺太、千島列島全島を領土として掌握していたほか、朝鮮半島、台湾、南洋諸島を植民地とし、満州においても権益をもっていたのでこの記述は間違っていないだろう。戦後、本土4島と周辺諸島を除き全て失ったので、一転して何もない貧しい国土と悲観したのも無理はない。しかし、世界的に見てそんなに貧弱な国土だろうか。アメリカ、中国など地理的超大国は別として、前述したように日本列島はアジアの近隣国のどれよりも劣らない多様性に富む美しい国土であり、一般の日本人はただ気付いていないだけである。ごく最近、Conservation International(CI)は世界のbiodiversity hotospot(地球上で生物多様性の特に豊かな地域)として日本列島を追加した。CIは世界で34地域を特に生物多様性の豊かな地域としてホットスポットに指定しているのであるが、いずれ珊瑚礁の海も多様な自然環境に恵まれた地域であり、東アジア地域ではわが国のほかフィリピン、中国西南部、インド-ビルマ、ヒマラヤが含まれている。すなわち、日本の豊かな生物多様性を世界が認めたのであり、わが国土が如何に恵まれているかを証明するものといえる。日本列島は世界の工場としてのみならず自然環境の観点からも一流であることが証明されたといってよいのであるが、一方で貴重な固有種の多くが絶滅の危機に瀕していることの裏返しであることも理解する必要がある。南は北緯24度の八重山諸島、小笠原諸島から北緯46度の北海道に至る日本列島は、超大国米国東部のフロリダからメイン州までの広がりに匹敵するほどだ。八重山諸島、小笠原諸島の最寒月の平均気温は18度を越え、一年のうち平均気温が20度を越すのは9ヶ月以上あるので、ケッペンの気候区分では熱帯気候に分類される。樹高20メートルに達する大型ヤシの固有種(ヤエヤマヤシ、オガサワラヤシ)が分布することから、この地域が熱帯の北限に位置することは明らかである。右の写真は一方はサンゴ礁の海で、もう一つは流氷の漂う亜寒帯の海だが、そのいずれもわが国の領海にある。世界でサンゴ礁の海と流氷の海が共存するのは米国以外に日本だけだとロシアの科学者から指摘されたことがある。冬になれば本州中北部の山地や北海道では欧州や北米にひけをとらない本格的なスキーが楽冷たい氷の海しめるし、沖縄には熱帯の海顔負けのスキューバダイブングのすばらしいスポットがある。北海道で氷点下30度の極寒であっても沖縄では20度と暖かく、気候的多様性からいえばわが国のそれはまさに超大国なみといってよいだろう。スマトラ沖地震で大被害を受けたあるリゾートは日本人ダイバーの人気スポットだったそうだが、実は先島諸島の方が生物多様性の観点では格がずっと上なのだそうだ。このことは南西諸島の海域の生物多様性が世界トップ10にランクされるというNature誌の論文で明らかである。海藻は世界で8,000種ほど知られているそうだが、わが国の海域から知られている種はなんと1,500種以上あるという。おそらく、魚類やサンゴなどその他の生物種についても同様だろう。暖流と寒流が交叉する日本列島の海域は世界4大漁場の一つであり、北方系と南方系のどちらの生物にも恵まれている。小笠原や高知県南方海域では今でもクジラが見られるし、米軍基地の移設問題で揺れる沖縄本島海域には希少動物のジュゴンも生息する。「タマちゃん」、「カモちゃん」で人気を集めたアザラシも北海道海域に生息し、一般国民はそれを当然のように思っている。実はこれらの動物は地球上でどこでも見られるものではない。わが国の海域は生物多様性の観点では世界有数であるから見ることができるのである。にもかかわらず、多くの日本人は海外旅行を選択するようである。これは学校教育で日本の自然についてあまり触れることがなく、戦後教育で自虐的に「日本は無資源国」と定義したことがそのまま修正されずに今日に至っていることによるものと思われる。「自虐的史観」として戦後の歴史教育がしばしば保守系歴史家からやり玉に挙げられるが、むしろ「日本の自然の過小評価」の方がそれ以上であろう。先日、あるテレビ番組で南米アマゾン川について「豊かな生物相」について特集していた。これをみて日本の河川の生物相は何と貧弱だろうと誰しも思うだろう。しかし、地球の水性生物圏で川の占める割合は微々たる物で、海洋を含めるとこの評価は逆転する。アマゾン川の自然がいかに豊かで漁業資源に恵まれているといっても日本の沿岸部を川のように流れる黒潮の流域に比べれば一桁どころか二桁、三桁ぐらい貧弱である。日本の経済水域の中には水深10,000メートルに達する海溝もあり、ここはまさにアマゾンの熱帯雨富士山林以上の秘境であり未知の世界である。日本が資源的に恵まれていないのは量的な観点からであって、それも国土の狭さからくる陸上の鉱物資源に限られる。生物資源では陸上も含めて一転して豊かな部類に入る。海底資源を含めれば日本は世界有数の資源国であろう。中国が日本の海域を不法を承知で調査しているのもわが国の海域が資源的に豊かな証拠である。韓国が岩礁にすぎない竹島を自国領として不法占拠し、一自治体にすぎない島根県が「竹島の日」を制定したことに対してマスコミを含めて韓国世論が感情的に暴走するのも資源極小国であることを本能的に反映したものといえよう。最近では、同国のある自治体が対馬を韓国領と主張、「対馬の日」を制定したことに対して閣僚(外交通商相)が撤回を求めたものの愛国心の表れとして理解を示したのも同根であろう。日本列島は地形が複雑で多様性に富み、砂漠と氷河を除けばたいていのものは揃っており、左の富士山の写真を見てわかるように美しい風景にも恵まれている。韓国人から見れば日本列島は極楽ではあるまいか。でなければ、あのような暴挙に走ることはあるまい。「冬のソナタ」で魅せられた多くの日本女性がロケ現場へ大挙して観光することが国内外のマスコミで報じられたが、わが国にはそれよりはるかに優れた自然環境が至るところにあることを日本の映画人は知るべきであり、つまらぬ隣国のラブストーリーに視聴者を奪われたことを恥じるべきだろう。富士山も東海道新幹線に乗れば雄大な山塊が眼前に広がり、外国人観光客が一斉にカメラのシャッターを押すのはよく見られる光景である。冬の晴れた日には都心の高層ビルからすばらしい眺望が楽しめることでわかるように、身近なところにすばらしいスポットがあるのも箱庭的風景に恵まれるわが国の自然の特徴である。富士山に憧れる外国人は非常に多く、まず見て楽しみ、次に登ってみたいと思うようになるのだそうだ。ただ、登ったことのある外国人が一様に述べる感想は「富士山がゴミであふれてがっかりした」ということである。近年、ヒマラヤが観光客の残したゴミで汚染されている状況をテレビなどでしばしば報道されてきたが、富士山についてはあまり聞いたことがない。一般の日本人は富士山よりヒマラヤの方が価値が高いと考えているようだ。外国人から見れば、おそらく評価は富士山の方がずっと高いだろう。ヒマラヤは辺境のただ標高が高い単なる地表のしわの一部にすぎないが、富士山は人里から巨大な山塊を全貌でき、古来日本を象徴するランドマークとしてそうそうたる歴史と文化的背景があり比較にならないのである。日本の象徴たる富士山の悲惨な状況は日本の自然があまりに過小評価されてきたことと無関係ではないだろう。世界は間違いなく富士山の世界遺産登録を待ち望んでいるはずである。
 まもなく、サクラの開花を迎えるが、サクラもまた日本のすばらしい自然の恵みの一つである。日本の国花としてのサクラはソメイヨシノと一般には考えられがちだが、歴史的にはヤマザクラ、エドヒガン、オオシマザクラなど多くの野生種の総称である。植物区系的に東南アジア区系に属する亜熱帯の沖縄ではカンヒザクラが観賞されている。これによって、サクラはわが国全土をカバーすることになり、開花期も沖縄の1月(カンヒザクラ)から北海道北部の7月(オオヤマザクラ)までと多様なのもわが国の生物多様性の豊かな証拠である。もっとも一般的に植栽されるソメイヨシノは野生種ではなくオオシマザクラとエドヒガンの一代雑種(そのため種子はほとんど付けることがない)であり、東京都染井に起源があるのでその名の由来がある。かって、韓国済州島の原産とされ、わが国の学会のみならず日韓両国との間でもその起源を巡って論争があったが、後に、交配実験、最新の分子生物学的手法を用いた遺伝子解析によって交雑種であることが証明され、わが国固有のものであることが科学的に証明された(→ソメイヨシノの真の起源。済州島に自生するサクラがたとえソメイヨシノに似ているとしても野生種で日本を代表するサクラ「関山」あれば実をつけるはずでソメイヨシノでない。サクラは、戦後の一時期、軍歌「同期の桜」で代表されるように軍国日本の象徴として見られたことがあった。またサクラの近縁種はヒマラヤから中国にかけて多く自生するので、日本固有のものではないと主張する植物学者が少なからずいたが、サクラを愛でる文化は紛れもなく日本固有のものである。「さくら さくら 弥生の空は~」は古くから親しまれる唱歌であるが、現代でもケツメイシというグループが「さくら」といういかにも現代風の歌を発表し、ヒットチャート上位につけているのは老若男女を問わずサクラが親しまれている証拠であろう。このような中でサクラを微妙な歴史認識と重ね合わせ、国花サクラをことさらに否定しようとする意見(→サクラ、日の丸と君が代の悲劇は最近は少なくなったものの見当違いも甚だしいというべきであろう。ソメイヨシノのみならず「関山せきやま」、「鬱金うこん」、「普賢象ふげんぞう」など250品種あるとされる八重咲きのサトザクラも英国のバラと並び称されるわが国の誇るべき花卉文化の一つといえるだろう。ニューヨークブルックリン植物園には見事な「関山」の植栽があるが、"Kwanzan"と記されたプレートを見てこれは中国のサクラだという日本人が少なからずいるのを見てがっかりしたことがある。"Kwanzan"は江戸時代の発音であり当時音読みするのが流行したためというが、現在では「せきやま」と呼ぶのが普通である。やはり、サクラは日本の国花だけに日本人であれば正しい知識をもつべきであろう。
 本サイトでは東京多摩地区、神奈川県津久井郡の人里で見られる植物を紹介している(→野生植物図鑑。これまでに収載した植物種数は670種を越える。東京という大都市近郊でこれだけの植物種が見られるのはわが国の生物多様性が豊かだからである。ニューヨークに3年ほど滞在したことがあったが、近郊にそんな多くの野草があったという記憶はない。これまで生物多様性といえば熱帯雨林だけにスポットライトがあてられてきたが、温帯地域にも熱帯にまさるとも劣らないかけがえのない生物多様性の豊かな地域があることが認められたといえるだろう。今後、わが国の「生物多様性」について解説していきたいと思う。また、わが国の豊かな生物多様性が世界に知られるようになったことで、今後、外国人による採集が頻発することが予想される。今のところ、わが国にはまだ法整備がなされておらず、取り締まることは困難であるが、それまでの間は声を大にしてわが国の豊かな生物資源を守らなければなるまい。