アヘンの原料植物ケシ:種類と分類
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1.麻薬アヘン(阿片)の基原植物ケシ及び栽培規制ケシ種について

 アヘン(阿片)は”アヘン中毒”を起こし人を廃人に導く麻薬(narcotics)であることを知らぬものはおそらくこの世に存在しないだろう。アヘンが麻薬たる所以はすべてその含有成分モルヒネ(morphine)およびその類縁成分(モルヒナン誘導体)にあるが、この地球上で麻薬成分をつくることのできる植物はケシPapaver somniferumアツミゲシP. somniferum subsp. setigerumハカマオニゲシP. bracteatumあるいは同属他種とこれらの交配雑種に限られる。ケシ類として園芸用に栽培が許される種は麻薬成分を含まない(ベンジルイソキノン系アルカロイドは含む。詳しくはアヘンの化学を参照)ので自由に栽培できるが、前述3種は「あへん法」(モルヒネを含むものでケシ、アツミゲシが該当する)あるいは「麻薬及び向精神薬取締法(テバイン(thebaine)などモルヒネ以外のモルヒナン誘導体を含むものでハカマオニゲシが該当する)で栽培および所持等がきびしく取り締まられている。令和2年度の統計では、全国で摘発除去された「不正ケシ」は約87万本以上に達する。この中には自然状態で生育する逸出ケシ(大半はアツミゲシである)も含まれるのであるが、個人による不正栽培の大半は海外旅行先やネット販売などで知らずに種子を購入、栽培するパターンであり、諸外国の中にはケシ栽培が必ずしも不法ではないところ(スペイン、ポルトガルなど)があることに起因する。また、園芸店で販売される種子(園芸用ケシ種)の中に誤って混入されることもあるという。因みにケシの種子は麻薬成分をほとんど含まないので取り締まりの対象にならない。身近な七味唐辛子にもケシの種子が含まれ、またアンパンの中央部に付いている小さな種は実はケシ粒である。ただし、種子が発芽すればその時点から取り締まりの対象になる。放置すれば「悪魔の薬物の拡散」をもたらすとして、関係諸当局は、毎年、ケシの花が咲く5月~6月に全国一斉に不正栽培ケシ撲滅運動をおこなっているが、厳しい取り締まり指導にもかかわらず不正栽培がなくなる気配はない。その理由として前述の栽培規制種と園芸用ケシ類は一般人には区別が難しいことが挙げられる。ここでは麻薬成分を含むケシ3種の形態的特徴について説明する(1.ケシ、2.アツミゲシ、3.ハカマオニゲシ)とともに、園芸用ケシ類との簡単な識別法(4.園芸用ケシ類と栽培規制ケシ種との識別法)も述べる。
 1.ケシPapaver somniferum
形態的特徴) 欧州南東部地中海沿岸地方(小アジアといわれる地方)の原産とされる2年草で、茎は直立、上部でわずかに分枝、品種によってはわずかに毛状突起を散生し、高さ1~2メートルに達する。葉は下部で大きく、上部で次第に小型となり、緑灰色、長楕円~長卵形で、両面ともほとんど無毛、縁に不規則な欠刻があり、波打ち、基部は茎を抱き、互生する。欠刻、波打ち、基部の形態の程度は品種によって大きな差がある。前年度の秋蒔きでは、翌年の初夏に開花し、花茎に単生する。開花前の蕾は始めは下を向き、次第に立ち上がって開花時には直立する。萼は2片あり、開花とともに脱落し、花は一日花で花冠は一日で脱落する。花冠は倒3角形で、4枚あり、色は紅色、白色、紫色あるいはその中間ないし絞り様、縁は全縁~細裂で、品種によって様々である。雄ずいは多数で、雄ずいから転化したボタン花様の多弁品種があり、ボタン咲き種として園芸用に栽培する。雌ずいは多心皮からなり、しぼうは1室、花柱は明瞭ではなく、子房の頂端に平たい放射状の柱頭がありその数は心皮数と同じであり、果実の成熟後も残存する。果実は孔さく果で、楕円形~偏球形で、縦に心皮数と同じ数のゆるい隆起ができる。熟果では柱頭の基部に小さい孔があき、小さな種子を出す。種子は腎形で、表面に規則的な細かい網目模様があり、色は品種によって白色から黒色と様々である。染色体数は2n=22。未熟果の表面を上下に浅い傷をつけると白色~淡紅色の乳液が浸出するするが、しばらくすると粘り状になるのでこれをへらでかき集め乾燥したものがいわゆる生アヘンである。わが国では、戦前、国内、外地で大規模なケシ栽培が行われていたが、果実が大きく乳液量の多い一貫種(cv. ikkanshu)が栽培された。一貫種はわが国で開発された品種であり、一反(0.1ヘクタール)当たり平均で一貫(3.75 Kg)のアヘンの収穫があるのでこの名がある。
 ケシの漢字名として芥子がしばしば当てられるが、これはもともとカラシナBrassica junceaの種子のことで、種子の形が似ているとしてP. somniferumに芥子の名が転用され、誤ってケシと読まれたことがその名の由来となった。芥子はガイシと発音し、本来はカラシナ種子のことを指すのでケシの漢字名として使うべきではない。 ケシの漢字名に罌粟(おうぞくと読むが、ケシと読ませることが多い)がわが国にケシが伝えられてから使われている。
 2.アツミゲシPapaver somniferum subsp. setigerum
形態的特徴) 南欧、地中海西部、北アフリカに野生し、茎は直立、よく分枝する2年草であるが、高さ60センチメートル程度で、ケシよりずっと小型である。茎にはまばらに剛毛がある。葉は緑灰色、狭心形で、大きな欠刻があって縁は鈍鋸歯となり、欠刻の先端には剛毛があり、基部では茎を抱き、互生する。葉脈上に小さな剛毛が散生する。ケシと同様、初夏に開花し、花茎に単生、開花前の蕾は始めは下を向き、次第に立ち上がって開花時には直立するが、ケシと異なり蕾には剛毛が密生する。花はケシより小型で、花冠は4枚、円形に近く、色は紅色~白色またはそのまだら様であり、日本で栽培するものは白い花冠の下部に淡いピンク色の斑点をもつものが多い。萼はケシと同様に早落性で開花時にはない。果実の形態はケシと基本的に類似するがそれよりはるかに小型である。アヘンの採取には適さないが、モルヒネなどのアヘンアルカロイドを含み、含量が高いのでアルカロイド抽出原料とすることは可能である。種子は黒色でケシより小さく、熟した孔さく果の上部の小孔から飛び出す。本種とケシは形態的上の差異は小さく、かってはケシの野生原種と考えられていたこともあったが、染色体数は2n=44でケシとは異なり別種であることがわかった。本種の名の由来は、かって愛知県渥美半島の海岸地帯に逸出したものが自然状態で群生していたことに因む。本種は繁殖力が強く、種が小さいこともあって散布されやすいので、一旦、定着すると根絶することは容易ではない。
 3.ハカマオニゲシPapaver bracteatum
形態的特徴) イラン原産とされる宿根性多年草で、草高1.5メートルに達する。茎は直立、ほとんど分枝せず、粗毛が密生する。葉は互生するが、多くは根出、羽状に深裂し、裏表ともに粗毛が密生する。蕾にも粗毛が密生し、始め下を向くが、開花時には直立、上を向く。花は大型で、花冠は5~6枚で深紅色、基部に黒紫色の斑点がある。雄ずいは多数で、やく、花糸ともに黒紫色である。園芸用に栽培するオニゲシときわめて類似し、しばしば混同される。本種の花の基部に2枚の苞葉があり、オニゲシにはこれがないので区別される。この苞葉を袴に見立てて本種の名の由来がある。

2.園芸用ケシ類と栽培規制ケシ種との識別法

 園芸用ケシ類と、あへん法、麻薬及び向精神薬取締法で規制をうける前述3種、すなわちケシ、アツミゲシ、ハカマオニゲシとの区別が植物形態分類に精通した専門家をのぞいて困難なのは、それぞれ多くの品種があって形態的に多様であることがあげられる。同じ種でありながら花冠の形態とその色及び茎葉の形態は、下の写真(栽培規制種であっても派手さで園芸種に劣らないものもある)を見てもわかるように、各品種ごとにかなり異なって見える。園芸用に自由に栽培できるケシ類も非常に多くの品種があって形態的に多様である。一般人にとっては、おそらく、おびただしいケシ種があるように見え、栽培規制種は全くその中に埋没してしまい、識別を困難にしているのである。とりわけ、識別の困難なのはオニゲシP. orientaleとハカマオニゲシであり、写真で見ただけでは識別はまず不可能であろう。各画像をクリックすると拡大画像になる。

栽培が規制されているケシ種

イラン種
ケシ(イラン種)
イラン種早咲き
ケシ(イラン種早咲き)
ボタン咲き種
ケシ(ボタン咲き種)
ボスニア種
ケシ(ボスニア種)
一貫種
ケシ(一貫種)
アツミゲシ
アツミゲシ
ハカマオニゲシ
ハカマオニゲシ
 

自由に栽培できる園芸用ケシ類

ヒナゲシ
ヒナゲシ
オニゲシ
オニゲシ
 
 

 栽培規制種と園芸種とは次に示すスキームによって区別できる。オニゲシとハカマオニゲシは花の下部に苞葉があるかないかで区別できる。また、本スキームを適用する以前の問題として、当該植物がケシであるか否かを識別しなければならないこともあるだろう。ケシ科植物は茎の切り口から乳液が出るという共通の特徴があり、しかも味は極めて苦い(一般に有毒なので注意を要するが)。ケシ属か否かは花の構造で判断することができる。すなわち、雄ずい(おしべ)の数が多く、雌ずい(めしべ)は大きく子房は上位に着き花柱はほとんどないに等しくかつ柱頭は平たく放射状であるという共通の特徴がある。下のスキームおよび上述の形態用語については植物の形態分類学を参照。
1.全草(茎、葉)に粗毛が密生、葉は羽状に裂けて茎を抱かない
1.1 宿根性多年草である
1.1.1 花の基部に苞葉がある-----ハカマオニゲシ
1.1.2 花の基部に苞葉がない-----オニゲシ
1.2 1年草である-----ヒナゲシPapaver rhoeasなど
2.ほとんど無毛で葉は羽状に裂けず茎を抱く
2.1 草高1メートル以下、茎にまばらな剛毛、葉の欠刻の先端に剛毛がある-----アツミゲシ
2.2 草高1メートル以上、茎、葉は無毛-----ケシ

オニゲシ花
 オニゲシの赤花品種はハカマオニゲシと酷似するが、下部には何も付属するものはない。
ハカマオニゲシ花
 ハカマオニゲシの花の下部には苞葉が2枚ついており、この有無がオニゲシとの識別点となる。
園芸ケシ種
 園芸ケシ種は全草に粗毛が密生し、葉は茎を抱かず、大半は根出葉である。
一貫種
 ケシの葉は明瞭に茎を抱き、花期には根出葉は失われる。また、茎葉に毛はほとんどない。