ホソバタイセイ(アブラナ科)
Isatis tinctoria (Brassicaceae)

hosobataisei

→戻る(2005.5.5;帝京大学薬用植物園)

【解説】 地中海沿岸部の原産(詳細は後述)と考えられる2年草。茎は直立して上部で多くの枝を分かち、通例、白い細毛が密生する。根出葉は長楕円形で鈍頭、葉柄があってロゼット状をなす。茎葉は披針形で長さ6~13cm、銀白色を帯びて互生する。枝の先に総状花序を形成し、4弁の黄色い花を密につける(→花の拡大画像。果実は長角果ちょうかくかとなり、裂開して多くの種子を排出する。解毒の効があるとされ、腫れ物、止血、口内炎などに用いる。インディゴ前駆体のイサチンB(Isatin B)を含み、地上部を醗酵させると藍染めが可能になるので、後述するように、西洋では古くから用いられた。果実が長楕円形で、葉の基部の葉耳ようじが目立たないか尖らず、茎が無毛のタイプをI. indigotica、一方、果実がくさび形あるいは長三角形、葉耳が尖って発達し、茎に毛のあるタイプをI. tinctoriaと区別していたが、形態的変異が著しく、ユーラシアのみならず非原産地の北米でも中間形が発生していることを踏まえ、今日では広くI. tinctoriaの一種にまとめられている。すなわち形態分類学から原産地を特定するのは難しく、もっとも古くから利用されてきた地中海沿海部を原産地とし、そこから各地域に伝播したと考えるのが妥当である。『名醫めいい別錄べつろく』の中品に収載された大青タイセイの基原をI. indigoticaとし中国原産と考える見解があるが、本草に同品を染色に用いたという記載は見当たらない。本種に充てるべき漢名は『新修しんしゅう本草ほんぞう蘇敬そけいに見える「菘藍シュウラン(『證類しょうるい本草ほんぞう』巻第七「草部上品 藍實」所引)、『通史略つうしりゃく』の「大藍タイラン」である。したがって「細葉の大青」に由来する本種の和名も穏当ではない。北海道には本種の近縁種ハマタイセイが自生しvar. yezoensisと区別されていたが、これも本種の一型に含められている。この存在をもってアイヌ人が染料に利用したといわれるが、北海道における分布はごく限られ、また広く栽培された形跡もないからあり得ないと考えるのが自然である。確かに藍染めはアイヌ人の民族衣装に多用されるが、和人との交易で得た藍玉あいだまで染めたと考えられる。詳細は拙著『続和漢古典植物名精解』の第2章第6節②を参照。『薬物誌』ではISATIS EMEROS(附図1)に相当し、ディオスコリデスは染色家が使うというから、本種で間違いない。EMEROSとは、古代ギリシア語の“ἥμερος” (hḗmeros)に通じ、“tamed, civilized, domesticated”の意があり、染色用に広く栽培されていたことがうかがえる。薬能については葉を貼り付けると浮腫や腫瘍を改善し、出血の多い傷を治して出血を止め、侵蝕性の潰瘍、ヘルペス、ひどく爛れた潰瘍を治すと記載している。『薬物誌』にはもう一品ISATIS AGRIA(附図2)も収載されるが、AGRIA (“άγρια”)は古代ギリシア語で「野生の」を意味するから、タイセイ(Isatis)属の野生種のことで、おそらく基原種は複数と思われる。属名は『薬物誌』のISATIS (“ἰσάτις”)に同じで古代ギリシア語に由来する。葉から作られる青色の染料を指す英語の“woad”はゲルマン系語で、古英語で“wad”、デンマーク語で“vaid”、オランダ語で“wede”、古高ドイツ語で“weit”、ドイツ語で“waid”というように共通の語彙から発生したが、おそらく起源は新石器時代までさかのぼり、語源を推定するのは困難である。フランス語の“guède”、イタリア語の“guado”もゲルマン語からの借用と考えられている。種小名は「染色に使用される」を意味するラテン語に由来する。
引用文献:References参照。