最近、わが国で健康食品として食されているアマメシバが呼吸器障害を起こすことが報道され、厚生労働省のホームページでも「健康食品による健康障害事例」として公表された(平成15年8月4日)。当該の健康食品はアマメシバを加熱殺菌し粉末にしたもので、40代の女性が1日4回、計8gを130日間にわたって摂取した結果、閉塞性気管支炎を起こして入院したというのがそのあらましである。沖縄では生鮮のアマメシバが年間3000トンも生産され、その大半は沖縄県外に出荷されているといい、わが国にかなり広く流通していると見てよいだろう。沖縄県は県内に自生する種を始めとする熱帯、亜熱帯産の植物資源の商品化(健康食品など)に熱心であり、地元では本事件の影響を危惧しているという。アマメシバによる健康障害はわが国だけではなく、台湾では1990年代半ばから2000年にかけて多数(200~300人)の肺障害患者が発生、死者(約10人)も出たという報告がある。かかる事件はアマメシバについて基本的知識のないまま服用した結果と思われるので、ここでアマメシバとは何か、その起源、利用状況について述べてみたい。
アマメシバ(右写真)は和名で呼ばれているが、わが国に自生はない。原産地は東南アジアのマレー半島からインドネシア(特にボルネオ)の熱帯雨林であり、コミカンソウ科に属する低木~小高木で学名をBreynia androgyna (L.) Chakrab. et N.P.Balakr.と称する。かなり古くから「野菜」として利用されていたというが、詳細は不明である。1950年代にインドに導入されたほかは、タイで比較的広く用いられるほかはあまり用いられていないようである。わが国には、当初、マレーシアから「トロピカルアスパラガス」というキャッチフレーズで輸入されていたという。現在でもアマメシバについて”アスパラガスのような食感”を標榜しホームページで販売するケースが多い。英名ではsweet leaf bushと呼ばれ、また原産地では若芽や葉が"sayor manis"という名で食されている。"manis"はマレー語で「甘い」という意味で直訳すれば甘菜なので、アマメシバの天芽は甘芽から転じたものと思われる(但し、実際に甘みがあるかどうか筆者は知らない)。原産地では葉のほか、花や果実も可食とされているが、わが国ではもっぱら若芽、葉、幼木の地上部を用いる。栄養学的観点からは、カロテノイド、ビタミンB、C、タンパク質、ミネラル(特にカルシウム)が豊富とされるが、温帯性の緑黄色野菜と比べてこれらの栄養素が特に豊富であるという報告はなく、あくまで当該地域に産する産物との比較してのことだろう。実際、わが国で利用される場合、アマメシバの栄養価に言及されることはほとんどなく、健康に対する効果の方に圧倒的に関心が高い。すなわち、消費者は野菜としてより機能食品としての役割を期待しているのである。原産地ではアマメシバは薬用にも供され、根を薬用部位として発熱、排尿困難に対して用いられる。しかしながら、食用にされる葉の方はわずかに他の薬用植物との配合で簡単な疾患に用いる程度で、特に経口投与で薬用といえるほどの用途はない。特定保健機能食品でも栄養機能食品でもないアマメシバ関連製品は薬効を標榜できないのであるが、多くは便秘を解消し、健康を維持することを目的として服用する消費者が多いようである。アマメシバの含有成分に関しては、アルカロイドのような生物活性の激しい二次代謝物は検出されておらず、精油成分としてチモールおよびその類縁フェノール性成分、フラボノール配糖体、リグナン配糖体が食用とする地上部や葉から得られている(→「植物成分について」を参照)のみであり、これらと健康障害の因果関係についてはまだ不明である。一般に、フラボノール配糖体には瀉下作用があるので便秘に対する効果は期待できるが、これらは普通の野菜や果実に広く含まれるものであり、アマメシバを食する積極的な理由とはなりえないであろう。チモールとその類縁体に関してはクレゾールなどの消毒薬と同類であり、決して安全な成分ではないことは確かである。但し、揮発性成分で水と共沸する性質があるので、東南アジアでのように水炊きにすれば大半は除去されるので心配はないが、台湾で用いられたような生鮮ジュースではそのまま残っており、また粉末製品でも相当量残留しているのではなかろうか。アマメシバにおけるチモールとその類縁体の含有量は不明なので即断はできないが、健康障害の原因物質である可能性もあろう。事故に遭遇した消費者はいずれも女性であり、わが国より早く多くの被害者を排出した台湾でもやはり女性がほとんどでダイエット目的であったといわれる。最近では中国製ダイエット食品による広範な健康被害事件があったが、被害者の大半は女性であった。美容、ダイエットに関連したいわゆる「健康食品」は特に女性の間で関心が高いので、類似の健康障害事件は今後も起きる可能性は高いと思われる。
アマメシバによる健康被害は過量投与によるものとし、生産者、販売業者など関係者はそのマイナスイメージを払拭するに躍起である。原産地のマレーシアではかかる健康被害は皆無とされているので、「過量投与による事故」という認識は妥当であろう。すなわち、原産地では許容量を超える摂取が長い食習慣の歴史から自然に回避されてきたと思われ、逆に台湾やわが国のように食習慣のなかった地域ではその歯止めとなる生活の知恵がなく、結果として過量投与となったのであろう。しかし、原産地でも用いられていない「乾燥粉末」という形態では食品として不適当であるばかりでなく、消費者自身に適正量を判断させるのは困難ではなかろうか。生鮮であれば過量であるか否か判断は容易だが、粉末ではどれだけの生鮮量に相当するか普通には判断できないであろう。一方、消費者側にあっては自らその商品が如何なるものであるか、幾ばくかの知識を得ておく必要があろう。現在ではインターネット上で情報検索など様々な選択肢があるが、最終的には信頼できる専門家に相談するのがよいだろう。専門家であっても全てを把握しているわけではないが、必要な情報にアクセスし的確な判断を下すことができる。例えば、アマメシバはトウダイグサ科植物であるが、一般にこの仲間の植物は食べられるものは非常に少なく、たとえ食べられるにしても”注意を要する二次代謝物群”を含むものが多いという事実がある。このような簡単な知識を会得するだけでも同上の事故を回避するのにある程度役立つのである。
厚生労働省は9月12日、食品衛生法に基づき、アマメシバを粉末や錠剤などに加工した健康食品について、安全性が確認されるまでの間の販売禁止を告示した。実際の被害が出ている中で安全性の確認はほとんど不可能に近いので、粉末、錠剤の形態でのアマメシバの販売は事実上不可能となったと考えてよい。生鮮品を禁止の対象から除外したのは生鮮品を食する原産国では被害が出ていないので妥当な処置と思われる。厚生労働省としてはこれまでにない迅速な対応であることは評価できる。しかし、「46通知」で厳しく規制されていた錠剤等の形態が、平成13年の「食薬区分」の見直しで緩和された結果、かかる健康被害が発生したとも考えられるので、今後、この点の見直しがあるかどうか厚生労働省の対応が注目される。