EGb761(イチョウ葉エキス)の薬理活性について
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1.in vitro、in vivo実験系におけるEGb761(イチョウ葉エキス)の生物活性

 イチョウ葉エキス(以下EGb761と称する)が心血管系に顕著な作用を示すことは多くのin vitroあるいはin vivo実験で証明されている。例えば、モルモットの摘出心臓を用いた実験系で、EGb761は冠血管の血流量を増大することが報告されている。この場合、EGb761は心拍数と心筋収縮には全く影響しないことが明らかにされている。EGb761によるこの効果には少なくとも二つの作用のコンビネーションによるとされている。一つは、EGb761によるこの効果はプロスタグランジン生合成阻害剤であるインドメタシンにより阻害されるのでPGI2の生合成を活性化するメカニズムによると説明されている。EGb761には多量のフラボール配糖体が含まれるので、その抗酸化作用(特にスーパーオキシドアニオン捕捉作用)によりPGI2の生合成を阻害する過酸化脂質の生成が抑制されることによる間接的効果と推定されている。もう一つはEGb761に含まれるギンコライドの血小板活性化因子(PAF; Platlet Activating Factor)に対する拮抗作用によるものである。一般に、PAFは心血管系に作用し低血圧を誘導することが知られているので、PAF拮抗剤はその作用を阻害し、心血流を増大するというわけである。別の言葉でいえば、PGI2は血液凝集の阻害因子であり、PAFはその活性化因子であるので、EGb761は前者の生合成を活性化、後者に拮抗することにより、血流を円滑にし、結果的に血流量を増大させるのである。PAFに対する拮抗作用については、ネズミを用いたin vivo実験系で、EGb761中の活性物質の一つであるギンコライドBがPAF投与による血圧降下を抑制することが証明されている。他にも心血管系に対するEGb761の薬理実験で興味深いデータが報告されている。ハムスターの頬嚢の微小血流系でADPを局所的に適用すると血栓が誘導されて血小板の粘着性が増大するのであるが、あらかじめEGb761を投与したハムスターではこれを抑えることができる。また、ウサギにおいて脳の柔膜動脈に電気刺激で微小血栓を誘導したもの、また小脳皮質静脈内に乳酸ナトリウムを注射して誘導したもののいずれにおいてもあらかじめEGb761を投与しておくことにより、血栓及び血管の塞栓を抑えることができる。とりわけ、後者においては脳内の静脈、動脈のいずれの微小血流においてもEGb761がin vivoでも血小板の凝集を抑制することを示しており、興味深い。心臓の冠動脈を結紮けっさつすると虚血性の心不全を起こすことができるが、ラットを用いた例では、EGb761を灌流することにより他の心血管に影響を与えることなく不整脈を抑えるというデータが報告されている。ラット摘出心臓を用いた虚血性不整脈試験において、ギンコライドBの灌流で不整脈を抑制することが報告されているが、その活性は同様の作用を示すメトプロロール、ディリティアゼムと同程度とされている。
 今日、EGb761は主に脳血管系疾患に多用されるのであるが、脳を中心とした中枢神経系に対する作用についても詳細な報告がなされている。

2.痴呆症の改善を指標としたEGb761(イチョウ葉エキス)の治験

 今日、欧州では様々な認知障害に関連する症状を和らげるためEGb761が用いられている。また、痴呆症の改善にも有効として繁用され、超高齢化社会に直面しつつあるわが国にとってもEGb761の存在は注目に値する。欧州におけるEGb761の使用においては、一応、ポジティブな臨床データに基づいているのであるが、残念ながら治験患者の知覚認識行動について標準的なアセスメントがなされたものはほとんどなかった。しかし、Pierre L. Le Bars博士らは309名の軽度ないし中程度のアルツハイマー症あるいは多発性脳梗塞と診断された患者を対象として、EGb761投与群とプラセボ投与群の同時進行(両群は無差別に選抜)、二重盲検法により、EGb761の安全性および有効性について最長52週間にわたる治験を行い、その有効性ならびに安全性について有意を認める結果を報告した。EGb761の120mg錠剤を毎日1錠ずつ投与した患者のうち、244名(プラセボ群:76%;EGb761群:73%)が26週の評価段階まで到達した。患者の症状の変化についてはADAS‐Cog (Alzheimer's Disease Assessment Scale-Cognitive Subscale)法、GERRI (Geriatric Evaluation by Relative's Rating Instrument)法およびCGIC (Clinical Global Impression of Change)法の標準的評価法に基づいて行った。この結果によると、プラセボ群は標準評価法の全ての領域において統計的に有意の差をもって症状の悪化が見られたのに対して、EGb761投与群は認知能力のほか、日常生活や社会的行動に改善が見られた。具体的な数値で表すと、EGb761投与群では、26%がADAS‐Cog法による評価において、少なくとも4ポイント以上の改善が見られたのに対して、プラセボ群は17%にとどまった。一方、GERRI法では、EGb761投与群は30%が改善し、17%は悪化したのに対し、プラセボ群は37%が悪化、改善したのは25%にとどまった。EGb761投与群とプラセボ群との間に安全性に関して差異は認められなかった。

3.EGb761(イチョウ葉エキス)は本当に有効か?

 以上の結果より、EGb761は薬物として安全であり、また痴呆症の治療において有意の効果をもつと結論されたが、プラセボ群でも相当の改善が見られていることを重く見て、必ずしもEGb761の有効性が実証されたわけではないという意見も少なくない。しかしながら、アルツハイマー症や痴呆症の治療および予防に有効とされる薬剤としてはわずかにコリンエステラーゼ阻害剤があるのみできわめて選択肢に乏しいのが現状である。ここで紹介したEGb761による治験結果は少なくともコリンエステラーゼ阻害剤よりは優れているとする意見が多いのは確かで、EGb761は痴呆症患者の治療薬としてあるいは同患者のQOL (Quality of Life)、すなわち生活の質を改善させるものとして一定の評価を受けているといってよい。実際、米国ではイチョウ葉エキスとしてファーマネクス社製のBio Ginkgo 27/7 & 24/6が販売され、99年版のPDRPhysician's Desk Reference;米国医師の処方医薬品情報事典)から収載されるようになったので、現在ではかなり広く用いられているものと考えられる。