EGb761(イチョウ葉エキス)とは?
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 わが国でイチョウ葉エキス(基原植物の詳細についてはイチョウを参照)が認知され始めたのはごく最近のことであるが、欧州ではかなり早くからその脳疾患系治療薬としての有効性が認知されており、植物エキス製剤ながら1989年版のThe Merck Index(化学物質、薬物、生物製剤の百科事典、現在はオンラインで公開している)には”Ginkgo biloba Extract. GBE; Ginkogink; rokan; Sophium; Tankan; Tebonin.”という項目があり、薬効分類としては"cerebral and peripheral circulatory disturbances"と記載されている。rokan、Tankanなどと称するものはその商品名である。イチョウ葉エキスの科学的研究論文でしばしば”EGb761”というものに遭遇するが、これはExtractum Ginkgo bilobae 761のことであり、ドイツの医師であり薬剤師でもあるウィリアム・シュワベ博士により創製されたイチョウ葉エキスのコード名である。また、わが国とは違って欧州ではイチョウ葉エキスは純然たる医薬である(健康食品、サプリメントではない!)ことに留意しなければならない。因みにわが国では健康食品に準じた扱いであり、米国ではサプリメントとしてファーマネクス社によりBio Ginkgo 27/7 & 24/6が販売され、99年版のPDR (Physician's Desk Reference;米国医師の処方医薬品情報事典)に収載されている。このような状況の中で、超高齢化社会を迎えつつあるわが国でもイチョウ葉エキスに関する関心が高まることが予想されるので、イチョウ葉エキスの中で事実上世界標準品となっているEGb761についてその歴史的背景を含めて概説する。

1.イチョウ葉エキス(EGb761)の歴史的経緯

 現代医療にイチョウ葉エキスを最初に導入したのは前述のシュワベ博士であり、1965年のことである。この前後にはイチョウ葉エキスが脳及び抹消血管系の血流障害やアテローム性動脈硬化症に効果があるという多くの研究論文が報告されていた。同年、シュワベ博士は自ら起業してイチョウ葉エキスの製造に取り組み、経口投与用にドロップ、糖衣錠としたもの、及び注射用にアンプル剤としたものをTeboninの商品名で販売を始めた。1974年にはフランスで40mg錠剤をTankanの商品名で、これと全く同じものをドイツでRokanの商品名で1978年に発売し、今日に至っている。この間に多くのイチョウ葉製剤が市場に出回るようになったため、シュワベ博士が創製したものにEGb761のコード名をつけて区別するようにしたのである。現在、EGb761製剤は世界30ヶ国以上でそれぞれ別の商品名で販売されている。現在、ドイツで販売されているTeboninの商品名で売られているものには、エキス3.5mgを含む錠剤、20mgを含む徐放じょほうじょう(効果を持続させるため内容物が徐々に放出するように設計された錠剤)、7mgを含む2mlと17.5mgを含む5mlのアンプル液剤(注射剤)と多様な剤型が用意されている。一般的な経口長期投与療法では1日3~5回1錠ずつ、あるいは1日朝夕2回徐放錠を1錠ずつ服用するとされる。症状が重篤な場合は毎日ないし2日目ごとに2~5ml、全体として10~20回注射を行うとされている。このような用法でかなり長期投与した場合でも中毒性の副作用は報告されていないのは驚くべきことである(→イチョウ葉エキス(EGb761)の薬理活性を参照)

2.代表的イチョウ葉エキス剤EGb761は高度な加工エキス製剤である

 別ページで説明しているように、イチョウ葉の成分研究はこれ以上何も新しい知見は出ないといわれるほど徹底的に行われてきた。更に薬理学的研究も成分レベルで検討され、活性成分の特定も進んでいる。しかしながら、今日でもエキス製剤を用いている。ドイツには欧州伝統医学の一種である植物療法(Phytotherapie)が深く根ざしている(一般国民の大半はprimary medicineとしてこの植物療法を選択するという)ので、しばしば自然志向の結果と考えられることが多い。しかし、これは全くの誤りのようであり、ドイツを始めとして欧州では精製したイチョウ葉成分を医薬品として開発する研究はシュワベ博士も含めて活発に行われたようである。しかし、イチョウ葉エキスが効果があるとする疾患はいずれも標的を絞りきれるものようなものではなく、EGb761においては主要成分のいずれもがエキスについて得られた治療効果を再現するのに必要という科学的結果が得られたに過ぎないのである。したがって、多成分系であるエキスを使った方が得策ということことになるのである。しかしながら、EGb761は単なるイチョウ葉の粗エキスではなく、かなり手を加えて創製したものである。まず第一に、イチョウの有害成分であるギンコール酸の含有率はEGb761では5ppm以下であり、粗エキスと比べて極めて低くなっている(→イチョウ葉の有害成分ギンコール酸を参照)。これは痴呆症や脳血管障害などEGb761の適用症は長期投与が必要なため、有害物質の除去に力点が置かれた結果である。また、一方で、有害物質の除去の過程で、フラボノイドやテルペノイドなどEGb761の薬効を考える上で重要とされる成分(→「イチョウ葉エキスの成分」参照)を濃縮することにも努力が払われている。更にフラボノイドやテルペノイドなどの活性成分の含量を厳格にコントロールして創製されたのがEGb761であり、1971年ドイツ、1972年にフランスで”イチョウ葉より脳血管系に作用する天然成分混合物を得る”プロセスとして特許が申請されている。同時に、EGb761の適用と効果について、抹消血管系、平滑筋細胞、心血管系、中枢神経系などに対する効果がこの特許に含まれている。イチョウ葉に限らず、植物の化学成分は季節による変動が顕著である。イチョウの場合、分析機器を用いて化学成分を詳細にモニターし、適当な時期に成熟葉を収穫しているようである。乾燥葉を水-アセトンで抽出し、ここから十数工程を経てEGb761が製造され、最終産物ではフラボノイド配糖体(22~27%、テルペノイド5~7%、ギンコライドA、B、C,2.8~3.2%、ビロバライド2.6~3.2%)含むよう厳格に標準化されている。今日では多くのイチョウ葉エキスが市場に出回っているが、わが国で製造されるものは健康食品扱いであって抽出溶媒としてアセトンの使用が規制されている(代わりにエタノールを使用)ため、当然含有成分の構成には相当の違いがあることになる。実際、米国で販売されるものはフラボノール配糖体は24~36%、テルペノイドは4~11%、それに有害物質であるギンコール酸を相当量含むなど非常にばらつきのあることが報告されている。したがって、EGb761について報告された科学的知見がそのまま適用されるものではないことを留意する必要があり、行政当局の視点からは商品広告の記載も監視しなけれなならないだろう。