ドイツにおいて創製されたイチョウ葉エキス製剤EGb761は有害成分(ギンコール酸などのアルキルフェノール)を徹底的に除去するとともに、薬効上重要と思われる成分についてはほぼ一定量含むよう一定の標準化されたプロトコールに従って製造されている(→EGb761(イチョウ葉エキス)とは何かを参照)。イチョウ葉エキスに関する薬理学的研究の大半はEGb761を用いて行われており、同エキス製剤は事実上のイチョウ葉エキスの世界標準品と考えてよいだろう。ここにEGb761に含まれる化学成分を挙げたが、次に示すように実に多くの二次代謝成分を含むが、この中で最も重要とされるのが1.フラボノール配糖体と5.テルペノイドであり、この両化合物群の含量はEGb761の創製プロセスにおいて厳格にコントロールされている[→EGb761(イチョウ葉エキス)とは何か参照)]。
この中で、フラボン&フラボノールのアグリコン、カテキン類、ファイトステロールは有害物質というわけではないが、大半がEGb761創製プロセスにおいて除去されて含量はごく低いものになっており、薬効上あまり重要視されていない。また、ビフラボノイドは相当量含まれているが、イチョウ葉粗エキスと比べて含量は大幅に落ち込んでいる。有機酸で0.5%以上の含量があるものはシキミ酸、バニリン酸(3-Methoxy-4-hydroxybenzoic acid)、p-ヒドロキシ安息香酸、プロトカテキュー酸(3,4-Dihydroxybenzoic acid)、6-ヒドロキシキヌレン酸であり、EGb761に占める総含量は5-10%にのぼる。これらはエキスの液性を酸性傾向とするほか、他の成分が水に溶け込むのを促進する作用があるといわれ、EGb761として半精製のまま医薬品として使う理由の一つとされている。また、6-ヒドロキシキヌレン酸は共存する微量成分であるキヌレン酸とともに中枢神経系においてNMDA (N-メチル-D-アスパルテート)受容体およびnon-NMDA受容体に対して競合的ないし非競合的に拮抗する作用が知られている。NMDA受容体の拮抗剤は動物モデルにおいて脳虚血を減少させる効果が知られているので、脳障害系疾患に繁用されるEGb761における6-ヒドロキシキヌレン酸、キヌレン酸の存在は注目すべきことである。
フラボノール配糖体はEGb761中平均で24%を占める最大の化合物群である。これら配糖体はそのアグリコンのタイプによりケンフェロール(Kaempferol; 3,5,7,4'-Tetrahydroxyflavone)、クウェルセチン(Quercetin; 3,5,7,3',4'-Pentahydroxyflavone)、イソラムネチン(Isorhamnetin; 3'-methoxy-3,5,7,4'-tetrahydroxyflavone)の3系統に大別される。EGb761に多量に含まれるこれらフラボノール配糖体は、タンニンとして含まれるプロシアニジン(Procyanidin)およびプロデルフィニジン(Prodelphinidin)とともに、薬効上ではフリーラジカルの補足作用などに重要な位置を占めるとされる[→EGb761(イチョウ葉エキス)の薬理活性についてを参照]。
EGb761に含まれるテルペノイドは、次図に示すようにジテルペン系のギンコライド(Ginkgolide A、B、C、Jがあるが、Jは微量である)とセスキテルペン系のビロバライド(Bilobalide)がある。いずれもイチョウに特有の成分であり、かかる基本骨格の成分は他植物種からは発見されていない。いずれも5員環のラクトン環やスピロ環が複雑に縮合した高度に酸化段階が進んだ構造をもち、t-ブチル基は植物成分では極めて珍しい存在である。EGb761は強い苦味をもつが、これらテルペノイドの存在によるものである(一般に高度に酸化されたテルペノイドは強い苦みを有するが、詳細は官能成分についてを参照)。ギンコライドA、B、Cを併せるとEGb761中の含量は平均で3.1%にのぼる。最近、ギンコライドに強い血小板活性化因子(PAF)の拮抗作用が報告され、EGb761の薬理を考える上で重要な位置を占めるとされている。一方、ビロバライドの平均含量は2.9%でギンコライドの総量に匹敵する。EGb761の薬効上の役割は明らかではないが、動物実験で浮腫を改善する作用のあることが確認されている。
イチョウの葉には以上の成分のほか、有害物質としてギンコール酸などのアルキルフェノールが含まれている。ギンコール酸はアレルギーを起こす物質として知られるが、最近、細胞毒性などの活性が報告されている。薬物としての安全性の観点からEGb761中のギンコール酸含量は5ppm以下に抑えられている。これについては別ページ(イチョウ葉の有害成分ギンコール酸を参照)で説明する。