【解説】 インドからアフリカ東北部原産の1年草で、大きな個体は150cmまで達する。茎は細く中空、数回羽状に細かく裂開した葉が互生し、葉柄は茎を包む。葉は柔らかく繊細で、形態がよく似るウイキョウに比べて、やや広い糸状で質感はやや堅い。メンタン系モノテルペンのカルボン(Carvone)を主成分とする精油に富み、芳香があることは種小名“graveolens”にも反映されている(後述)。花期7~8月、枝先から複散形花序をつけ、白〜黄色の香りのよい小さな花を咲かせる。楕円形、扁平な乾燥質の芳香のある果実を結び、中央に3本の筋が鮮明で、周辺に翼がありやや湾曲する。種子を香辛料ディルの名で魚料理やピクルスの風味付けに用いられる。漢名の蒔蘿子は古ゲルマン語に由来するDillの音訳である。和名のイノンドは、『大和本草』(貝原益軒、1709年)の蒔蘿の条に「是蕃國ヨリ來ルイノンドハ蕃語ナリ」(巻之六「草之二」)とあり、オランダ語で“dille”、ポルトガル語で“aneto”であり、一方、スペイン語ではeneldoというから、スペイン語名が訛って発生した名と推察される。ヒメウイキョウの別名もあるが、『大和本草』が「蒔蘿 小茴香ナリ」とあるのに由来する(同上)。『薬物誌』ではANETHON(附図)に相当し、種子を煎じて服用すると胃のむかつきを治し、駆風、鎮吐、利尿、しゃっくりを止めるのに効果があるが、過剰に摂取すると視力が鈍くなり、不妊になると記載している。属名は古代ギリシア語の“ἄνηθον” (ánēthon)に由来し、アニス(anise; ánison)とも同源という。種小名はラテン語で“heavy”の意の“gravis”と“smelling”の意の“olēns”よりなる複合語で「強い匂いがある」という意である。
引用文献:References参照。