カミツレ(キク科)
Matricaria chamomilla (Asteraceae)

kamitsure

→戻る(2004.5.15;帝京大学薬用植物園)

【解説】 欧州原産の1~2年草。葉は二回〜三回羽状複葉で互生し、各裂片は線形。花期は春~初夏で茎の先に頭状花序1個をつける。舌状花は白く満開になると反り返り、黄色の筒状花は長円錐形にせり上がった花床上につく。痩果そうかは小さく冠毛はない。頭状花を発汗、抗炎症、防腐、鎮痙、駆風などに用いる。浴湯剤としても利用される。セスキテルペンからなる精油を含み、主としてビサボラン、グアイアン系セスキテルペンからなる。グアイアンセスキテルペンの一種で主成分の一つであるカマズレンは蒸留中に二次的に生成したものである。同じカミツレの名を冠し用途も似るローマカミツレは別属種である(→関連ページ)。江戸末期の1818年、大槻玄沢・宇田川榛斎の建言により、オランダより取り寄せた薬草60種の中に“Camilla (Camomilla)”の名が見え、わが国における本種の渡来の最初の記録である(『植物渡来考』所引、「洋舶盆種移植の記」)。文献上では『遠西えんせい醫方いほう名物考めいぶつこう(1822年)に「加密列カミツレ(巻六)とあり、薬物名ながら、和名として初見となる。長崎出島のオランダ人は苦薏クヨク(『本草ほんぞう綱目こうもく』で初めて収載された野菊ノギクの異名、シマカンギクChrysanthemum indicumを基原とするが、現行局方では菊花キクカに含める)をカミツレの代用にしたとも記載している。図絵としての最初の記録は貴志忠美編著『竹園ちくえん草木そうもく圖譜ずふ(幕末に成立)であり、「加密列 〜 一名カミルレ 〜 Kamille」の名とともに、写実性の高い彩色図を掲載する(第二冊に収録)。このうち“Kamille”が本種のオランダ語名で、当時の邦人は「カミルレ」と読んだ。一方、「カミツレ」は、オランダ語ネイティブによる“Kamille”の発音が“カッレ”(傍点にアクセントがある)のように聞こえるので、「カミツレ」の“ツ”は促音そくおんであった。旧仮名遣いでは促音の表記は一定でなかったため、促音のない“カミツレ”に転じた。属名はギリシア語の“ματρηx” (Latin: “matrix”)、その原義は子宮uterusであり、それに植物学名でしばしば使われる女性形の接尾辞“-aria”を付した複合語に由来し、本種が古くから月経前症候群(PNS)に関連する生理痛や睡眠障害の治療薬とされてきたからという。種小名の由来についてはローマカミツレの属名・種小名に関連があるので当該項を参照。ディオスコリデスの『薬物誌』ではANTHEMIS、ANTHEMIS PORPHURANTHES、ANTHEMIS MELANANTHESの3種の中のいずれかが本種に該当すると考えられている。ANTHEMISは古代ギリシア語の“ἄνθεμον” (ánthemon)で“花”の意であり、PORPHURANTHESは紫色の意の“πορφύρεος” (porphúreos)と“ἄνθεμον” (ánthemon)の複合語で“紫色の花”、MELANANTHESは「黒い」という意の“μέλαν” (mélan)と“ἄνθεμον” (ánthemon)の複合語で“黒い花”を意味するから、本種は必然的にANTHEMISに絞られる。実際、ディオスコリデスの記述では「金色の花が咲き、周囲に白〜黄色がかった、または紫の葉がある」とあり、この“花”を花のしん、“葉”を花冠と解釈すれば、キク科の頭花に言及したと解釈できる。薬能については、煎じ薬として服用または浴用にすると、月経血、胎児、尿の排出を促すとあるほか、結石(尿路、腎臓)を排出するほか、利尿や駆風で腸閉塞を治し、黄疸、肝臓病によく、膀胱の温湿布にも使われるとディオスコリデスは記述し、その一部の薬能が子宮に関連があるゆえに、本種の属名に採用されたと考えられる。以上の詳細は総説「カミツレ、サフラン、ローズマリーの渡来と語源」を参照。
引用文献:References参照。