【解説】 本邦各地の山地のやや湿り気のある草地に生える多年草。茎は直立して高さ40〜80㎝になり、各節に白い長毛が生える。葉は対生して羽状に全裂し、縁に粗い鋸歯がある。花期5~7月。茎の先に散房花序をつくり、花冠は5裂して平開し、細長い花筒がある。3本ある雄しべは花冠から長く突き出る。雌しべも花筒からは突き出るが、雄しべよりは短い。根を生薬カノコソウ(吉草根)として鎮静の目的で用いる。欧州には同属種のセイヨウカノコソウ(Valeriana officinalis)があり、本種の方が精油含量が高いので、良品として欧州に輸出されたことがある。セスキテルペンからなる精油に富むが、微量成分としてマタタビにも含まれるピリジン系アルカロイドアクチニジンを含む。名の由来は開いた花(淡紅色)とつぼみ(赤色)の取り合わせが、「鹿の子絞り」に似ているからだという。わが国には同属野生種としてツルカノコソウも分布するが、薬用にはならない。属名は本種を薬として使用したと言われるローマ皇帝“Publius Licinius Valerianus”に因んでつけられたという古フランス語のvalerianeまたは中世ラテン語のvaleriānaに由来する。因みに、ヴァレリアヌスはラテン語の動詞“valeo”に由来し「強い」の意という。「力強い」という意のラテン語“valēre”を含むが、本種および同属種とどう関連するのかよくわからない。あるいは6世紀後〜8世紀の欧州暗黒時代にチュルク語から借用されたといわれる男性名Valeriusから派生したともいう。種小名はフランス人宣教師で布教の傍らわが国で植物採集を行なったUrbain Jean Faurieに対する献名である。薬物漢名の吉草根は、和製漢名の纈草根(欧州産のワレリアナ根“Valerianae Radix et Rhizoma”の代用とされた)の部首を簡略化したものであるが、意味も読み方も変わってしまった。纈草は蘭薬書『和蘭藥鏡』においてカノコソウに充てられた名で、前述したように、花序を鹿子絞りに見立てて“カノコソウ”という名を、絞り染めの意である“纈”から纈草という漢名を創出した。
引用文献:References参照。