食欲を減退させる薬物フェンフルラミンについて
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1.中国製ダイエット食品から発癌性物質が検出された

 2002年7月27日朝日新聞朝刊の社会面によれば、中国製ダイエット食品(重ねて申し上げますが、fenfluramine漢方薬とは無縁のものです)N-ニトロソフェンフルラミン(N-nitroso-fenfluramine)(構造式は右図)という薬物が混入されていた(混入ダイエット食品は下表参照、朝日新聞記事より引用)ということです。もしそうだとすれば、これはいわゆるニトロソアミン誘導体であり大変危険な薬物ということになります。なぜならば、一般にはニトロソアミン誘導体は発癌性リスクの高い物質と考えられているからです。ニトロソ基は電子吸引性の強い官能基であるため、この部分がはずれて生成したカチオンが求電子試薬としてDNAの電子密度の高い部分に結合して遺伝毒性を示すと考えられます。厚生労働省によればN-ニトロソフェンフルラミンに関するデータはないとして言及を避けていますが、おそらく強い変異原性のあることは確実と思われます。かって肉類や魚介類の発色のため食品添加物として広く用いられていた亜硝酸ナトリウムが厳しく規制されたのは、亜硝酸ナトリウムが有機化学的にアミン類と反応してニトロソアミンを生成するからでした。すなわち、亜硝酸ナトリウムを食品とともに常時摂取すると、内在性あるいは何ら

N-ニトロソフェンフルラミンが検出されたダイエット食品
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フェンフルラミンが検出されたダイエット食品

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かの形で体の中に取り込まれたアミン類と反応してニトロソアミンを生成して発癌のリスクが高くなる可能性があるということであり、間接的な危険性が指摘された結果でした。しかし、中国製ダイエット食品の場合は、発癌物質そのものであるニトロソアミン本体(つまりN-ニトロソフェンフルラミン)が含まれているのですから深刻さでいえば比較になりません。もしN-ニトロソフェンフルラミンが発癌性の危険が非常に高い物質であることを製造元が知らなかったとすれば、全く信用できないということになりその製品は決して購入すべきではないでしょう。もし承知で添加していたのであればそれは犯罪に等しい行為です。N-ニトロソフェンフルラミンの構造をみますと、芳香環にフッ化メチル基が結合しています。もしこれが普通のメチル基であれば生体内で酸化されてカルボン酸となり、包摂体を形成して体外に排泄されますし、何も置換基がなければフェノール性水酸基が導入され、やはり何らかの包摂体として排泄されるはずです。しかしながらN-ニトロソフェンフルラミンには強い電子吸引性のあるフッ化メチル基がありますので、この物質は代謝されにくい、つまり体内に蓄積されやすいと考えられます。N-ニトロソフェンフルラミンによる発癌のリスクは相当高いと見るべきで、今後被害者の健康を慎重に見守る必要があると思われます。

2.フェンフルラミンほか食欲減退剤について

 ではそんな危険なN-ニトロソフェンフルラミンがなぜダイエット食品中に添加されたのでしょうか。新聞報道によりますと、フェンフルラミン(fenfluramine)が検出されないように亜硝酸ナトリウムで誘導体としたようです。フェンフルラミンは今回の中国製ダイエット食品の一部にも添加されていましたが、薬理学的には脳の視床下部のセロトニン(serotonin)を放出させることで食欲中枢の機能を減退させる食欲減退剤(anorectic)です。同様な作用をもつ薬物としてはカテコールアミン系のフェンテルミン(phentermine)やアミノレックス(aminorex)などがありますが、作用の強さではフェンフルラミンに及びません。dとlの二つの光学異性体のうちd体である(+)-フェンフルラミン(唯一の不斉炭素がS配位のもの)に食欲減退作用があるとされていますが、中国製ダイエット食品に含まれていたのは多分ラセミ体と思われます。かって米国で確実に食欲を減退させて肥満を防止する薬として使われていましたが、肺や心臓に重篤な副作用があるとして現在は使われておらず、わが国では今でも未認可薬物です。米国では相変わらずダイエットに悩む人は多いようで、その代替として最近ではハーブ系サプリメントが多く用いられています。その代表的なものとしてエフェドラ(ephedra)が挙げられます。これは別名マファン(mahuang)とも称されていますが、代表的な漢方薬である葛根湯に含ephedrineまれているマオウ(麻黄)と全く同じものです(→マオウ(麻黄)の詳細については「抗喘息薬エフェドリン製造原料マオウ(麻黄)について」を参照して下さい)。マオウの主成分であるエフェドリン(ephedrine)には食欲減退作用があり脂質代謝過程には影響を与えないでトリアシルグリセロール(triacykglycerol)を減少させる効果(体重減少はこれに基づく)が確認されています(Life Sci., 28(2), 119-128, 1981)。テレビ番組でもダイエット効果のあるも漢方薬が紹介されたことがありますが、いずれもマオウを含むものです。これが正しく伝わらずに、とにかく漢方薬はダイエットによいという神話が独り立ちして広まってしまったのが今回の事件の背景と考えてよさそうです。漢方薬といえば本家中国ということで、ダイエットと銘打った難しい漢字名の(漢方薬とは無縁の)ものに日本の消費者が飛びつき、一定の効果をもたせるため製造元がフェンフルラミンなどの食欲減退剤を添加したといえるのではないでしょうか。また缶入りやペットボトル入りの健康茶の中国をイメージさせるようなネーミングやTVコマーシャルも中国製ダイエット食品に対する無防備ともいえる消費行動に一般人を追い込んだ可能性も否定できないと思われ、この点について社会学的見地から検証する必要があるでしょう。米国では今回摘発された中国製ダイエット食品は販売されていないようですが、一方でエフェドラは非常に人気が高く、マオウ、セイヨウオトギリソウ(セントジョーンズワート)にカフェインを配合したサプリメントが販売されています。中国製とは異なり構成成分は明記されているのですが、わが国ではマオウやカフェインは食薬区分上”専ら医薬品として用いられるもの”とされていますので医薬品としての認可を受ける必要があります。またセイヨウオトギリソウには薬物相互作用があり、体内で薬の分解を助けその薬効を減ずる効果のあることが知られ、厚生労働省の医薬品・医療用具等安全性情報で注意喚起されているものです。しかしながら既にインターネット上でエフェドラは売買されているのも事実です。いわゆるダイエット商品には根強い需要があることを考えれば、有力な代替品としてエフェドラに需要が向くのも時間の問題ではないかと思われます。マオウの主成分エフェドリンは列記とした覚せい剤指定薬物であり、中枢神経興奮作用による血圧上昇、不眠などの副作用がありますので、医師や薬剤師の指導が必ず必要です。また、本来は風邪の咳止めや喘息の治療薬であることを肝に銘じておかねばなりません。驚くべきことに米国ではエフェドラの過剰摂取により既に100人近い死亡事故が起きていますが、現時点ではエフェドラを発売禁止の動きはありません(注2)。しかし、これだけのエフェドラ禍ともいうべき事故が起きている以上、何らかの処置がとられるのは必至と考えるべきでしょう。上述したようにわが国の食薬区分の基準によればエフェドラは医薬品に相当するので健康食品として販売できないはずですが、ネット上で堂々と販売されているのは米国がわが国に対して規制緩和により”サプリメント市場を開放”するよう圧力をかけていることと無関係ではないでしょう。しかしながら、安全性を犠牲にした規制緩和は本末転倒であり、毅然とした態度をもって対処すべきことはいうまでもないと思われます。
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(注2) 本記事を執筆した2002年7月27日時点での状態。2003年12月30日、米国医薬品食品局(FDA)はエフェドラおよびそれを含有するサプリメントを発売禁止にする意向をニュースリリース(通達)(リンク切れ)として発表した。