中国製ダイエット食品は漢方薬ではない
First Edition:2002/7/20; Last Update 2002/7/27→ホーム
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1.中国製ダイエット食品は「漢方薬まがい品」である

 最近、中国製ダイエット食品による事故が相次ぎ、死者もでています。新聞やテレビ放送の報道によれば、被害者は「漢方薬かんぽうやく」だから安心と思って服用していたということです。結論からいいますと、厚生労働省が公表した中国製ダイエット食品は漢方薬とは無縁のものです。漢方薬とは、”漢方医学の診断に基づいて処方される生薬の配合薬”であり、通例、~湯(葛根湯かっこんとうなど)、~散(香蘇散こうそさんなど)という名前が付けられています。基本的には医師や薬剤師の指示に従って服用すべきものであり、一般の個人の判断で使用すべきものではありません。例のダイエット食品の構成成分がどんなものか私自身現物を見ていませんので何ともいえないのですが、おそらく漢方薬として用いられる生薬を配合していたと思われます。もしそうだとすれば商品名が漢字名なので一般の方が惑わされるのも無理からぬことです。漢方薬とは歴史的試練を経てきた伝統薬物生薬の特徴参照)であり、今回のケースのように漢方で用いられる生薬を配合してあるから漢方薬と単純に考えてはいけないのです。「減肥」などという語句に惑わさされてはいけません。漢方書のどこにも体重を減らす薬に関する記述はありません。香港あたりでは漢方薬を買いあさる日本人観光客が多いそうで、またそういう観光客向けにあやしげな”漢方薬”をつくって売りさばく業者も多いと聞いています。お土産として友人からそういう漢方薬をプレゼントされることもあるでしょうが、決して安易に服用してはいけません。少なくとも生薬に詳しい知識をもつ薬剤師(たとえば漢方薬・生薬認定薬剤師)に相談すべきでしょう。また、漢方について正しく理解するには本サイトに概説したページがありますので、そちらも参照してください。
 今回の事故は健康食品として販売されていたものにより引き起こされたのですが、報道によりますと禁止薬物(フェンフルラミンという食欲減退剤、フェンフルラミンほかいわゆるやせ薬についてはこちらを参照してください)が配合されているものもあったようです。このように”もっぱら医薬品として用いられる純薬あるいは生薬など”が含まれているものはいかなる場合でも食品として認められず、無許可で販売した場合は薬事法違反となります。いわゆる健康食品は食品と医薬品の区別の困難なものが多く、かっては「46通知」というのがあって「食薬区分」の基準とされてきました。46通知は平成13年3月に見直されています医薬品の範囲に関する基準が、あくまで適用は日本国内に限られています。今回の中国製ダイエット食品も中国では違法とされていませんでした(日本での事故多発をうけて販売禁止となりましたが)。近年、天然の素材を基にしたサプリメントが外国から輸入ないしネット上で販売されていますが、化学薬品を配合するのは少なくないようです。例えば、アカネ科ヤエヤマアオキMorinda citrifolia L.の果汁はノニジュースとして米国をはじめ広く販売されていますが、インドネシアではサッカー選手が筋肉増強作用のあるステロイドホルモンが添加されているノニジュースを飲んでドーピング検査の結果出場停止処分となったケースがあります。天然のサプリメントあるいは生薬製剤だからといって決して安心はできないのです。特に旅行先でこうしたものを買う場合は注意を要します。

2.中国観光地での「漢方」の名を借りた霊感商法に注意!

 日本人には漢方は中国の伝統医学という強い思い込みがあり、今回の事故もそうした深層心理により起きるべくして起きたといえるのではないでしょうか。確かに漢方は中国に起源を発するものですが、基本的には江戸時代の日本で熟成された伝統医学です漢方医学概説参照)。今日われわれが使う漢字は中国で使われる華字と起源を同じくしながらも、字体も意味も大きく異なっているのは誰でも知っているし、またわざわざ簡体華字を使うことはないでしょう。日本と中国の伝統医学もちょうどそういう関係にあるといってよく、中国の伝統医学(現地では中医学という)が本家だからといって必ずしも優位にあるとはいえないのです。実は20世紀初頭、清王朝が辛亥革命で倒れて中華民国が建国されたとき、伝統医学の再興のため日本の漢方医学書が翻訳され中医(中国版の漢方医)の教育に使われたという事実があります。現在の中医学はその系譜の延長線にあるものですが、この事実は意外と知られていません。日本人の多くが本家中国の伝統医学を盲信するのは無知からきているといってよいでしょう。中国には多くの史跡がありますので旅行で訪れる方も多いと思いますが、中にはこうした日本人の漢方に対して抱く信念を悪用したと思われる医療行為が行われていることをここでご紹介します。北京郊外のある明朝時代の皇帝の大きな墳墓があることで知られる観光地のことですが、ここに場違いではないかと思うような「中医学診療所」(中国人ガイドは漢方と名言しています)があります。ガイドに誘導されるように診療所に入りますと、電線と電球をもった男女が”高圧電流を流しても平気ですよ”というパーフォーマンス(漢方とどう関係あるのかはわかりませんが)でたいていの観光客はびっくりさせられます。その後で、”漢方医学の極意”に関する講話(流暢な日本語で)があって、通俗的な内容で漢方は副作用がなく安心だという説明を受けます。この後で無料の健康診断(無論”漢方”でというふれ込み)へどうぞと誘われるのです。私も話のネタにと軽い気持ちで受けてみたのですが、漢方流といいながらわずか十秒ほど脈診(三脈をとるという漢方独特の診察法の一つ)をとり、如何にも意味ありげな風で「あなたは血圧が高く、脂肪肝があります。はやく手をうたないと致命的になります。これには漢方薬が一番です。」といって4つの処方薬のサンプルを示したのです。確かに名前の上では漢方で使われる処方薬(名前と構成生薬で私にはわかります)であることは間違いありませんが、日本の漢方では複数の処方を服用することはまずないはずです。さらに「漢方薬」と称するものには何のラベルも貼られておらず、正しい基原であることを証明するものは何一つ添付されていませんでした。それに漢方では脈診だけで診察することはなく、腹診、触診などで気、血、水のバランスが崩れていないか細かく観察するはずです。また解剖学に基盤を持たない漢方医学に”脂肪肝がある”など診察できるはずはなく、以上の”診察行為”は一種の霊感商法に近いものであることは明白と思われます。因みに私は西洋医学による精密検査でも脂肪肝は見つかっていないし、血圧も一応正常の範囲内にありますので、いんちきだと断言できました。もし相手のいうことが当たっていたとしても驚くことはありません。別に脈をとらなくとも年齢や体格などで血圧などは素人でもある程度判断できます。後は会話を通して適当に病名を作り上げればいいだけのことです。仮に怪しげな漢方医(?)のいう通りにした場合、一ヶ月の薬代は4万円でした。これを2ヶ月続けろというのですから、詐欺に近い行為(少なくとも私に対しては)だと思います。以上は私自身の実体験に基づくものであり、全てのケースにおいていんちきとは申しませんが、なるべくかかわらない方がよいでしょう。因みに当地は欧米系観光客も多くいましたが、彼らの一人としてこの診療所には来ませんでした。明らかに日本人をターゲットとしたものであり、今回の事故も含めてこんなことに引っかかるとは依然として日本人が人間として如何に未熟な存在であるかを痛感すると同時に、薬に関する正しい情報の啓蒙という点でわれわれ薬剤師の責任の重さも肌で感じる思いがします。