フィリピン・マニラで遭遇した事件2件
To Homepage(Uploaded 2012/3/18)
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 昨年のコラムではフィリピンに関する話題をいくつか紹介した。フィリピンには十数回ほど渡航しているのであるが、一般には治安が悪く危険な国というイメージが定着しているといってよい。筆者も金をすられたり、小金をだまし取られたことが数回ほどある。いずれの国でも多かれ少なかれ悪人はいるから驚くには当たらないが、たとえ気心が知れた相手であっても油断はならないのがこの国の特徴といってよい。 筆者の経験をいうと、学術研究で長年共同研究をしてきた相手に、対した金額ではないが騙し取られたことがある。正確にいえば学術調査地への航空券代を二重取りされたのであり、どちらかといえば当方のミスによるもので既に渡してあったのを忘れていたためであるから、責任は当方が負うべきかもしれない。しかし、同じようなケースで「既に受け取ったよ」と丁寧に指摘してくれたフィリピン人もいたから、やはりこの人物(以降DMと呼ぶ)は腹黒く油断ならない相手というべきだろう。実は、 DMは後に国外の研究者に対しても不正な金額の請求をしたことで、今はオンブズマンによる審判待ちとなっているのだ。国立の研究機関(国立博物館)の一部門のリーダーとなった人物であるが、ルソン島北部のあまり裕福ではない家庭の出身らしく、この生い立ちが数々の不正を生み出す基になったらしい。フィリピンの研究者は富裕層出身が多いから、おそらく通常の付き合いをさせてもらえなかったようだ。それを打開する切り札となったのが国外研究者との交流を深めて外部資金を導入して研究を促進させることであった。というのはこの国では外部資金を導入して研究するとそれに比例して給料も上がる(DMから聞いたことであり、本当かどうかは未確認)というから、あまり裕福ではないこの人物にとって大きなインセンティブとなったことは間違いない。一旦、うま味をおぼえると人間というのは自制心が効かなくなるらしく、学術研究試料の提供と引き換えに外国研究者に法外な謝金を要求するまでにエスカレートしてしまったようだ。無論、アカデミックの世界ではこんなことは御法度であり、フィリピンのみならず日本を含む諸外国でもそんなことをしたら非難されることはいうまでもない。ただし、これには抜け道があり、試料を採集するのに必要な経費たとえば旅費などは要求した研究者が負担するという暗黙の了解がある。中には請求しない高潔な研究者も数多いが、それはほぼ先進諸国の研究者に限られ、発展途上国の研究者はごく一部を除いてほとんどが請求するといってよい。
 DMは十年ほど前にある植物の花粉試料に対してオーストラリアの研究者に 300ドルを要求したという。その植物は遠隔地で採集する必要のない植物であるから採集旅費は必要なく、オーストラリアの研究者はこれを不服として国立博物館館長に訴え、 DMの所業が広く衆目にさらされることとなった。実は筆者も1992年にフィリピン産のミカン科ゲッキツの採集を依頼したことがあり、200ドルを請求されたことがある。この時、バウチャーの標本を欠いていたため、実際の研究に用いたのはケソン市アテネオ大学の長年の知人に依頼して採集したものであり、この時は採集費用等は全く請求されなかった。筆者は特に訴えることはしなかったが、結局、これが「蟻の一穴」となってDMが欧米の多くの研究者に対して旅費や採集労務費という名目で多額の金額を受け取っていたことが発覚したのである。彼が関わったプロジェクトにPhilippine Plant Inventory (PPI)というのがある。1990年代になってアメリカのある財団の助成によって立ちあがったプロジェクトであるが、フィリピンに自生する全ての植物を採集し、標本という裏付けをを取って同国の植物相を解明するという極めて野心的なプロジェクトであった。当時、東南アジア全域を対象としたFlora Malesianaプロジェクトがあり、そのフィリピン版というべき大義名文をもっていたから、欧米の先進諸国が競うように研究資金を提供bした時代でもあった。しかし、国立博物館植物部門にはその成果たる標本数が驚くほど少なく、労務費・旅費などの名目をつけてこの人物が着服したことは一目瞭然に見える。旅費はともかくとして、驚くほど人件費の安いこの国にあって、かなり高めの人件費を設定し労働人数を水増しすれば、いとも簡単に労務費をピンハネすることができるらしい。
 DMと筆者がフィリピンにおける学術調査研究を企画したのが1996年であった。以降、2000年ごろまで付き合いは続いたが、その間に筆者がこの国に来る度に高級レストランでの会食など不相応の接待を受けたこともあって、少しずつ違和感を覚えるようになった。さらに驚かされたのは彼がホンダの新車を所有し、通勤に使っていたことであった。フィリピンでは日本車は高価であり、富裕層の出身ではない彼がどうしてオーナードライバーであるのか不思議に思ったが、裏ビジネスでの稼ぎがそれを可能にしたと考えれば辻褄が合うので、以上紹介した DMの疑惑は決して誇張とは言えないことがわかるだろう。共同研究を続ければ続けるほど DMの周辺に胡散臭さが目立つようになり、次第に距離を置くようになった。彼と完全に決別したのは、国際学術研究で彼の推薦した研究者の身分を偽ったことであった。ある女性研究者(以降MAと称する)を調査共同研究を遂行する上で共同研究者に申請書上で指定したのであるが、文部省科学研究費補助金の規定では共同研究者の資格は正規の学術研究機関でフルタイムの身分を有する研究者に限られる。 MAは国立博物館植物部門のSenior Researcherであると DMから紹介され、そのまま申請書に書き込んだのであるが、これが全くの偽りであったことは彼と距離を置くようになって付き合いを深めた別の研究者から知らされたのであった。現在、 MAはマニラ市内の有力私大の准教授に収まっており、当初から学術研究の共同研究者としての資格は十分に備えていたといえるのであるが、虚偽申告であることには変わりない。このことは国立博物館事務局に依頼した調査で確認している。また共同研究を遂行する上での交わした確認書(MOA)でも MAは堂々とこの身分を名乗って署名しているから、 DMとともに同罪ということになる。当該の文書のコピーは国立博物館事務局に提出したが、館長ほか職員一同も驚いたようであった。 MAは国立博物館を拠点にして長く研究を続けており、せいぜい年に数回訪れるにすぎない筆者のような国外研究者からみると、国立博物館職員のようにみえるので、騙されたのは筆者だけではなかった。彼女の実際の身分は前述のPPIのメンバーにすぎず、アメリカの財団からの助成金が継続している間だけのパートタイムの身分にすぎないのである。このプロジェクトは1990年代の終わりに終結し、それに伴い国立博物館植物部門は一転して閑散とし、DMの在任中は二度と往時の活気を取り戻すことはなかった。つまり、それまで国立博物館職員のように振舞っていたのは全てPPIのパートタイマーであったのである。このことは DMが国立博物館内では「裸の王様」であったのであって、正規の国立博物館植物部門のメンバーを排除してPPIを私物化していたことになる。
 以上はフィリピンの知識階級といってよい人物の悪行を紹介したのであるが、純真といわれる子どもでも油断ならないことを紹介しよう。この国にはいわゆるストリートチルドレンが多く、外国人や身なりのよいフィリピン人には必ず物乞いをする。スラムを除くマニラのどこにでも見られる日常的な光景といってよいのであるが、時に集団でまとわりつけられることがしばしばあり、そのどさくさに紛れてポケットやバックを開けられて貴重品をすられることは少なくないのだ。外出する時は、貧民窟には立ち入らない、持ち物は最小限にする、バックには鍵をつけて開けられないようにする、子どもが寄ってきたら無視して足早にその地を去るなどを心がければ防ぐことができる。しかし、日本人の多くは仏心という甘さを残しており、その結果、スリや窃盗の被害に合う割合が諸外国の旅行者と比べて飛び抜けて高いのである。日本では、子どもたちは純真であり、彼らが何をしようと罪を問うべきではないと考える人は識者を中心に多いようであるが、これは完全に誤りである。フィリピンの子どもを外からみると貧しいにも拘わらず意外と明るいのに驚かされるはずだ。物乞いの時の表情は作り物であって、普段は仲間と戯れて大笑いしているというのがこちらの子どもの真の姿なのだ。確か朝日新聞であったと思うが、自分が幸せと考える割合がフィリピンでは日本よりはるかに高い8割以上にのぼるという記事をみたことがある。人口の大半が貧困層のこの国にあって驚くべき数字といってよいが、実はこの国では富裕層・上流階級・知識階級ほど悲観的という事実(おそらく日本と大差ない)を取材した記者は知らなかったのではないか。筆者が付き合いの対象としているのは富裕層や上流階級であり、彼らにこの話をしたら一笑されたのである。すなわち、この記事のデータが正しければ(おそらく正しいだろう)貧困層ほど幸せ度が高いことになるが、それにはからくりがある。貧困家庭の子どもはろくに学校に行っていないしまともな教育を受けていないからきびしくしつけられることがない。家庭でも親は子どもを放ったらかしで、子どものわがままを放置している。子どもも親に要求しても何も得ることがないことを生まれながらに承知しているから、はけ口は当然の帰結として外に向けられる。したがって、金持ちの物品を盗むことに抵抗感がない、国外の旅行者のバックを開けてするなど罪悪感はこれっぽちもないのである。窃盗や物乞いなどで一定の成果さえあげれば、何とか好きなものは買えるし、家がなくても熱帯であるからどこでも寝泊まりできる。ココナッツやバナナはマニラですらどこにでもある(パブリックマーケットに行けば廃棄される残り物がいくらでもある)し、これさえたべれば十分に生きていけるのだ。フィリピンの浮浪者・ストリートチルドレンが日本と比べてあまり悲壮感が感じられず、また貧困層が多い割にフィリピンに飢餓がほとんどないのはこうした事情があるのだ。したがって貧困だからといって盲目的に同情するなんてことはほとんど必要ないことなのだ。
子どもに対してはガードさえ固めれば恐れるに足らないのであるが、最近は事情が変わりつつあることを申し上げておこう。この3月にマニラで実際に経験したのであるが、ストリートチルドレンに凶暴化の兆候が見られたのだ。筆者はマニラの都心のホテルを常宿としているが、もっとも交通量の多いロハス通りとキリノ通りの交差点付近で5人から6人の子ども、おそらく12 ̄13才ぐらいであろうか、襲われた!のである。近くにはマニラホスピタルがあって人通りもそこそこにあり、ジープ二ーやタクシーが頻繁に走っているところで、それも白昼、数十メートル先には交通整理の警官も立っているところで、常識的に考えれば何の問題もない安全な場所で起こったのだ。その手口は次のようであった。まず、どこからともなく子どもが寄ってきてコップを差し出して金を無心したのは、よくある光景で驚くに当たらない。普通なら無視して通り過ぎれば子どもたちも諦めて去るというのが通常のパターンであるが、突然、筆者のウエイストバックに手を伸ばし、ファスナーを開けようとしたのみならず、リュックサックも背後から別の子どもが開けようとしたのである。それも大人にまとわりつくようにみせかけているから、通行人の目からはスリのように見えなかっただろう。すなわち、それほど巧妙で、金を無心するというのはダミーにすぎず、おそらく、子どもたちの行動は計画的であって、各自が分担して海外からの旅行者や身なりのよい現地人を対象として貴重品をスリ取ろうとしたと思われる。結局、筆者はあまりのしつこさにたまりかねて交通警官のいるところまで逃げのびて事なきを得たが、子どもが単独で企画したとは思えず、背後に犯罪組織が暗躍しているように思われる。因みにウエイストバック・リュックサックともにファスナーに鍵をかけていたから未遂に終わり、被害は全くなかった。後で知人にこの話をしたのであるが、下手に子どもに手だして泣かれでもしたら背後の大人が介入して因縁をつけられる恐れがあるという指摘を受けた。フィリピンの新聞によると、昨年度(2011年度)のマニラの犯罪発生率は前年度と比べて減少したという。確かに、数年前よりマニラ市内では警官の取り締まりが強くなっているからこの報道は確かだろう。多分、その結果として、警戒の対象となっていない子どもを利用するように犯罪組織が方針転換したとも考えられる。
このことは外務省の安全危険情報にも載っていないのでマニラ駐在日本大使館に詳細を報告しておいた。また、ホテルや警察にも事情を話しておいたが、海外からの旅行者が同じグループの子どもに金品を取られたという事件が実際に発生していたようで、しばらくして4人の子どもが逮捕されたという。この事件が起きてからはたとえ歩いて行けるような近傍でもタクシーを利用してドアツードアで移動するように心がけた。事件発生の翌日にタクシーから筆者が遭遇した子どもの集団がうろついているのを目撃したが、その次の日からとんと見かけなくなったから、逮捕されたのは確からしい。それにしてもこの国では次から次へと色々なことが起こるようで、いずれも日本では考えられないようなことに驚かされる。最近の日本では、のびのびと育てるという名目というか、誤った信仰で子育てをする風潮が強まっているように思われる。一部の無責任な学者とメディアがそれを後押ししているのであるが、以上の話から全くの誤りであることをお分かりいただけるかと思う。子どもが純真というのは真っ赤な嘘であって、産まれた直後の乳児ならともかく物心のついた子どもは既に何らかの社会の洗礼をうけているはずだから無垢というのはあり得ず、ストリートチルドレンの心は既にどす黒く汚れきっていると考えるべきなのだ。子どもというのは厳しく躾けてこそまともな人間には育つのである。カトリック教徒が圧倒的に多いフィリピンでは、教会が子どもの躾けに大きな影響力をもつが、実は教会に通うのはある程度生活に余裕のある階層に限られているのだ。教会で牧師の説教を受けるにしても最後には寄付を求められるから、貧困層はその余裕がないのである。したがって、名目上はキリスト教徒であっても教会に一度も行ったことがないというのは結構多いのである。したがってストリートチルドレンにキリスト教的戒律を求めるのはほとんど期待できないのだ。
フィリピンに限らず広く世界に目を投じると、国によっては随分と躾けや規範という観点から問題のある国が多いようだ。たとえば、2000年代になって、極端な反日暴動が頻発しているが、取り締まるべき警官すら愛国無罪という無茶苦茶な論理称で狼藉を放置しているのはテレビで広く報道され記憶に新しい。この根底には1960年代の文革の混乱があり、伝統的な規範が根底から覆されたことに起因するのではないか。何しろ歴史的な指導者である毛沢東が「黒猫も白猫もネズミをとる猫はよい猫だ」とか造反有理とかいっていたのをそのまま実行しているようにみえるからだ。こんな滅茶苦茶な論理がまかり通った時代に育ったのが現在の指導層すなわち文革世代であって、その師弟だからこそ同級生のはずの日本人留学生を何の理由もなく暴行した(2004年の西安事件)のであろう。伝統的な規範が現在の中国に残っていればこんなことは起きなかったはずで、もはや昔の中国とは全く異なる別の国と認識する必要がありそうだ。そのほか、いわゆる新興国といわれる国々たとえば韓国・ロシアなども大差ないことに気付くはずだ。こんな国々が世界に対して影響を持ち始めているのであるから、欧米や日本のように個人に一定の規範を前提として成り立っている諸国は何らかのアクションを取らなければ全世界が混乱の極致に陥るだろう。これに対して日本のメディアの認識が全く的外れなのが気になるのは筆者だけではないだろう。