生薬をめぐる世界の情勢について
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漢方薬・生薬認定薬剤師制度
 平成12年度に発足した制度で、従来の単位制認定薬剤師制度とは異なり、長期間の講習(9日間の講義、1日の指定薬用植物園における実習を含む)の受講が義務づけられ、試問で合格すれば認定証が発行される。認定証は(財)日本薬剤師研修センターと日本生薬学会により発行される。将来、生薬類の需要の大幅な増加が見込まれる内外の状況からこの制度を創設したものである。講習は(財)日本薬剤師研修センターにおいて行われるほか、衛星放送を利用した講習も予定されている。

 近年の伝統医薬をはじめとする生薬やいわゆるハーブに対する急激な関心の高まりは世界的趨勢といってよいほどの勢いがある。欧州における医薬品売上高の中でいわゆる生薬やハーブを素材としたものが上位にランクされている(例えば、イチョウ葉エキスセントジョーンズワートなど)ことがこれを裏書している。現在でも発展途上国を中心に世界の人口の8割以上は治療薬として伝統医薬に依存しているという世界保健機構(WHO)の統計があるように、現実には天然起源薬物は未だに重要な役割を果たしていることには疑問の余地はない。近年の欧米諸国の“生薬ブーム”ともいうべき現象は単に副作用が少ないとか安全であるとかという軽薄な論理にすぎないとの批判的見方もあるが、医療事情の大きな構造的変化が根底にあることも無視できない事実であろう。かって致命的であった感染症の多くが近代医学の発達により駆逐され、また外科手術をはじめ医療技術の進歩により平均寿命が大幅に延びた結果、医療における関心が病気の予防や健康の維持などにシフトし、快適な日常生活を志向するようになることは当然の成り行きだからである。近年のセルフメディケーションもこの延長線にあるものと考えられる。この発端は、1978年にWHOが推進した世界各地に伝承される伝統医学の調査研究にあった。当初は発展途上国において伝統医学の活用により医療コストを下げるのが

目的であったが、その実態が明らかになるとともに一部の生薬について科学的研究が展開された結果、生活習慣病や老化に伴う慢性疾患などの予防、風邪など軽度の疾病の治療など、常に先端医療を志向しがちな近代医学がとかく冷淡な分野において有効性が明らかにされてきたことが現在の生薬ブームを支える理由の一つと考えられる。1990年に発足した米国国立癌研究所(NCI)によるデザイナーフード計画は左図に示したように野菜や果物など食品のほか、いわゆるハーブ類をはじめ歴史的には生薬として繁用されてきたものを用いて癌を予防あるいは癌の進行を抑制しようという試みであった。この発想の根底には「天寿癌」という、癌を完全に克服するのではなく癌を適当にコントロールしながら、結果的に天寿を全うする考えがある。左上にデザイナーフード計画で抗癌効果が期待できるとする天然の素材を重要度にしたがって3グループに分けた図を示す。米国では、これ以降、米国でも生薬やハーブ類をサプリメントとしての使用が解禁された。実際には、この図に示したもの以外の多様な生薬類がサプリメントとして市場に出回っている。中にはエフェドラのように過剰摂取による死亡事故の発生したもの(→関連ページを参照)もあるが、これは本計画の趣旨にそぐわない使用によるものである。かかる多少の混乱はいずれ収束し、生薬を健康維持に使用するという流れには影響はないであろう。
 この地球上ではそれぞれの地域の植物相(フローラ)に応じて特色ある植物群が薬用に供され多様な民族医学が発達し各民族の健康維持に貢献してきた。前述したように、現在ではこれら歴史的遺産ともいうべき伝承医薬を病気の予防や健康の維持などに積極的に活用しようという気運が先進諸国も含めて世界的趨勢となっている。おそらく、わが国にも在来の漢方薬、民間薬とともに世界各地の生薬やいわゆるハーブ類が流入し利用されるようになるのはそう遠くはないであろう(実際、米国から生薬、ハーブの輸入規制の緩和という圧力があり、平成13年の「食薬区分」の見直しに至った経緯がある)。世界では欧米諸国も含めて、生薬、ハーブは軽い病気の治療や病気の予防に用い、重たい病気には先端的近代医学で治すという伝統医学と近代医学の住み分けが現実となりつつある(→伝統医学の将来は?を参照)。この背景には新薬開発費が巨額となり、その結果医療費の急激な増大とそれに伴う国民経済への圧迫があり、それまで軽視されてきた伝承医薬の活用というパラダイムシフトへの大きな圧力となっているのである。生薬はもともとcrude drugの意味であり、科学の進展とともに有効成分は純薬として開発され、薬はcrude drugからpure drugへと進化し生薬はいずれその役割を終えるものと考えられてきた。しかし、現実にはこの進化の流れが逆転させるようなことが起きつつあり、また今日ではEGb761(イチョウ葉エキスを加工したもの)のようなボタニカルドラッグと呼ばれる新しいタイプの医薬品も生まれつつある。生薬は生薬なりの独自の進化を遂げているのであり、これに呼応した活用法を取得することもこれからの薬剤師の重要な職務となるであろう。平成12年度から漢方薬・生薬認定薬剤師制度(右上の囲み参照)が発足したが、医学部教育カリキュラムにおいて伝統医学(漢方)が導入される予定といわれる。かかる状況の中で、わが国における生薬、サプリメントを用いたセルフメディケーションが定着するかどうかその動向が注目される。

 臨床試験により生薬や機能食品の有効性が報告された代表例としてイチョウ葉エキス製剤EGb761が知られている(→イチョウ葉エキスの薬理活性についてを参照)。最近(2002年、2004年)、南米原産のカイアポイモ(caiapo;Ipomoea batatasの塊茎)のサプリメントを用いた臨床試験で糖尿病患者の血糖改善効果が報告されている。これらはいずれもプラセボ群を用いた臨床試験であり、その結果は学術誌に投稿されている。