世界各地にはそれぞれ固有の伝統医学(traditional medicine)がある。伝統医学に対する明確な定義はなされていないが、自然科学的手法や概念に基づく医学以外の、各地の文化に根ざし、古い歴史をもつ医学と考えて差し支えなかろう。一定の規模をもつ人間社会では必ず固有の医学があり、特色ある診断法、治療法、予防法が構築され、一つの民族医学(folk medicine)が形成される。この中には漢方医学のように明確な体系をもつものから、非体系的かつ経験的な民間療法まで様々な形態の医学が含まれる。有史以来、様々な文明、文化が勃興してきたこの地球上に非常に多くの民族医学・伝統医学があるのは歴史的必然ともいえよう。今日では世界のいずれの国も”西洋医学”を正規の医学(official medicine)としているが、西洋医学自体、古代ギリシア医学の流れをくむ欧州の伝統医学から近代科学を取り入れて発展したものである。しかし、多くの致命的感染症の治療に見られるように西洋医学の成果があまりにも強烈であったため、世界いずれの地域でも固有の伝統医学を飛び越えて西洋医学を導入した結果、近代科学の画期的な手法を取り入れて発展する機会を失ってしまったといってよい。それが逆に各地の伝統医学で旧来の治療法を保存させることとなり、今日では改めてその良さを見直そうという機運に発展している(→関連ページ)。伝統医学と近代西洋医学の間でもっとも顕著な相違は「使用する薬」にある。前者は専ら生薬を用いるのに対し、後者では生薬の使用には消極的であって、ほとんどの場合、精製した薬効成分あるいはそれから創製したもののみを用いる。中国やインドで発達したような高度に体系化された伝統医学では、生薬は”単なる天然素材の薬物”ではなく薬効を高めたり毒性を軽減するため様々な工夫がなされている(→詳細はこちらへ)。今日では伝統医学のすぐれた部分の西洋医学へ統合が試みられている。わが国でも医学教育のカリキュラムで漢方医学の導入が検討されているが、もし実現すれば明治維新で漢方医学を放逐して以来、一世紀以上の空白を経て再び患者の前に登場することになる。伝統医学の存在感の贈大はわが国のみならず世界的趨勢になりつつある。次の表及び図に世界に伝わる主な伝統医学とその分布をあげておく。
国、地域 | 伝統医学の内容 |
---|---|
日本 | 漢方(針灸などを含む) |
韓国 | 韓医学 |
中国 | 中医学、チベット医学 |
インドとその周辺 | アユルベーダ、アラビア医学、ヨーガ |
ミャンマー | ビルマ伝統医学 |
インドネシア | ジャムゥー |
アラブ諸国 | アラビア医学 |
欧州 | ホメオパシー、アロマテラピー、自然療法など |
アメリカ | インディアン伝統医学、カイロプラクティック |