薬用植物とは生薬原料、あるいはその成分を医薬品もしくは医薬原料とするものの総称であるが、中にはとんでもない猛毒成分を含むものがある。ここではトピックスとして2つの例を紹介する(iOSの場合、Google Chrome・Firefoxでご覧ください)。
猛毒植物といえばまず挙げなければならないのはトリカブト類であろう。アイヌ族が矢毒として、また戦国時代の有力大名伊達政宗が実弟を暗殺するのに用いたのがトリカブトであったことは広く知られている。また、トリカブト毒を使用したサスペンスドラマ顔負けの犯罪も実際に起きている。繁用される漢方処方の一つに八味地黄丸というのがあり、利尿や尿路疾患など特に老人用薬として著名な処方の一つである。この処方には附子という生薬が配合されているが、何とこれは中部地方以北の山地に野生するキンポウゲ科オクトリカブトAconitum japonicum Thunb. subsp. subcuneatum (Nakai) Kadotaや園芸用に栽培するハナトリカブトAconitum chinense Siebold ex Siebold et Zucc.の根を基原とするものであり、猛毒アルカロイドAconitineを多く含む。Aconitineは植物毒としては最強で致死量はわずか数mgである。いくら漢方薬でもこんな猛毒成分を含む生薬が配合されていると知ったら誰もが服用を躊躇するだろう。しかし、八味地黄丸による事故は聴いたこともない。実は八味地黄丸に配合されるブシは、炮附子といわれる加熱処理で減毒したいわゆる加工附子である。この処理によりAconitine は分子内のアシル基が失われてほとんど無毒になる。このような生薬の加工は修治)と称し、減毒や薬効を高める目的のために行われる伝統的手法(但し、トリカブト根の減毒には熟練を要する)である。一方で、アシル基が失われて分解したAconitineには鎮痛作用や強心作用があり、ブシの重要な薬効成分とされている。猛毒のトリカブトを有用なくすりに化けさせるには大変な労力と、時に少なからぬ犠牲を伴ったであろうが、先人の知恵にはつくづく頭がさがる。
一方、トリカブト属はわが国で約20種ほどの野生種が自生するが、変異の激しいことで知られ、その分類は未だ定まっていない。また、化学的変異も著しく、全ての種がAconitineを含むわけでない。
山菜とは野生植物で食用にするものの総称である。最近ではタラの芽のように栽培するものもあるので、店頭で販売されるものは安心して食べられる。しかし、野生品を採集する場合、山菜の大半は芽生えを採集するので、しばしば植物種を誤って採集することがある(芽生えはどれも同じに見える!)。毎年、春先になると有毒植物の誤食による中毒事故が後をたたない。前述のトリカブトもニリンソウAnemone flaccida F. Schmidt(若葉が可食、てんぷらにするとおいしいという)やヨモギArtemisia indica Willd. var. maximowiczii (Nakai) H.Haraと誤って採集され、死亡事故も報告されている。一方、致死的事故に至ることはほとんどないが、件数としてはハシリドコロ中毒の方がずっと多い。ハシリドコロScopolia japonica Maxim.の芽生えは如何にもおいしそうで、植物に疎い一般人にフキノトウ(フキPetasites japonicus (Siebold et Zucc.) Maxim.の若い花茎)と誤認されることが多いそうである。ハシリドコロにはHyoscyamine、Scopolamineというアルカロイドが含まれており、これが中毒原因物質である。Hyoscyamine、Scopolamineは副交感神経遮断薬と称する列記とした医薬品であり、また劇薬でもあるので山菜中毒の場合のように大量服用すると幻覚、錯乱を起こす。因みに、ハシリドコロの名は、誤って食べると幻覚症状を起こして苦しんで走り回ることに由来し、かなり古くから中毒事故が多かったことが伺える。トコロはヤマイモ科のオニドコロDioscorea tokoro Makino(食用にはならない)でハシリドコロの根茎がこれに似ているところからつけられた。山菜ブームの今日、山で山菜取りに興じる人は多いが、このようなリスクもあることを肝に銘じるべきであろう。