二次代謝産物の生合成的知識の必要性

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  二次代謝産物の生合成とその前駆体
 二次にじ代謝たいしゃ産物さんぶつ(secondary metabolites)とは生物の物質代謝で創りだされる各生物種固有の有機化合物群を指す。地球誕生以来、40億年以上にわたる生物の進化、分化の結果として今日の生物せいぶつ多様性たようせい(biodiversity)があり、またその所産ともいうべき二次代謝産物群は地球上最大の化学物質ライブラリー(chemical library)でもある。この二次代謝産物群は、これから述べるように限られた数の生合成せいごうせい経路けいろ(biosynthetic pathway)にしたがって創りだされるのであるが、代謝経路に関与する化学反応の種類及びその組み合わせによって構造、分子量のいずれにおいても想像を絶するほどの化学的かがくてき多様性たようせい(chemical diversity)が生み出される。人類は既にその化学的多様性の一部を医薬資源などとして多方面に利用(→植物起源医薬品高等植物から生まれた主な医薬品参照)しており、その恩恵がいかに大きなものであるか明らかである。二次代謝産物の化学的多様性の価値は今後も失われることはなく、バイオプロスペクティング(bioprospecting)におけるような系統的な二次代謝産物の探索研究とともに多くの二次代謝産物が新規化合物として記載されていくであろう。生物においては新種の記載とともにそれが既存の種と系統的にどんな関連があるかが議論されてきた。これがEnglerによって提唱された系統けいとう分類学ぶんるいがく(systematics)であるが、分子生物学の進展とともにその手法を導入した結果詳細な系統の議論が可能となり、今日では生物多様性の解明において必須のツールとなった。同様に、二次代謝産物においてもその化学的系統を論じることは膨大な化学種を整理する上で必要であり、二次代謝産物の生合成経路の解明の一次的意義はここにあるといえるだろう。最近の生合成研究では、どのような経路で生合成されるかだけでなく、各代謝経路を触媒する酵素レベルでの反応の解析も進んできた。さらに分子生物学的手法を用いて各代謝経路の遺伝子レベルでの制御のメカニズムなども解明されつつある。かかる知見はバイオテクノロジーに応用され、人工的な二次代謝産物の生産の制御、あるいは自然界に存在しない化学物質を生物学的システムを用いて創ることも夢ではなくなりつつある。また、生合成的知見の蓄積は化学物質レベルでの生物種の系統解析が可能となり(→化学かがく系統けいとう分類学ぶんるいがく、バイオプロスペクティングにフィードバックすることにより、より効率よくシード物質や有用二次代謝産物の探索が容易となることが期待できる。
 このように、二次代謝産物を生合成の観点から理解を深めることに学際的意義のあることは間違いないが、代謝経路が複雑で高度な有機化学反応を伴うことが多いこともあって、天然物化学、生薬学のカリキュラムにおいて生合成について教えることは教員、学生の双方から敬遠されることが多く、薬系大学の中には全く講義内容に含めないところも少なからずあった。また、「医療薬学」重視の昨今、薬学生の間に地道な基礎科目である「有機化学」離れが進み複雑な有機化合物の構造を理解できない、すなわちorganic chemical illiteracyが蔓延しつつあるともいわれる。重要な医薬品の薬効や名称などの文字情報だけをを記憶し、グラフィカルな情報である構造式を積極的に憶えようとしないのがその一因である(教員側の一部にもそれを容認する傾向がある)。コンピュータの世界では視覚的で扱いやすいGUI (graphical user interface)への移行が完了しており、文字情報だけしか扱えないCUI (character user interface)は既に過去のものとなった。一方、薬学生の間でわかりやすいはずのグラフィカルな有機化合物情報(構造式)が敬遠されていることは皮肉に見える。天然有機化合物、医薬品のいずれにおいても化学的多様性(構造、分子量)はきわめて大きいので教育する側でその多様性を十分把握しきれず、薬学生に対して専ら複雑な構造式を羅列、提示するのみで、結果として十分な教育効果を挙げられなかったからであろう。薬学教育モデル・コアカリキュラム(平成25年度版)の薬学専門教育の一項目「自然が生み出す薬物」において”生薬成分の構造と生合成”が到達目標として加えられたのは歓迎すべきことである。薬学領域にあっては、複雑な医薬品の化学構造から物質的安定性、化学反応性、物理化学的性質などを推定する技能は必須であり、複雑な構造をもつ二次代謝産物について生合成的観点から考察を深めることはそのような技能を習熟させる効果がもっとも期待できるからである。近年、名前のよく似た医薬品の取り違いによる医療事故がしばしば起きるが、医薬品を名称だけでなく構造式で理解、記憶しておけばこのような事故は防ぐことができるだろう。さらに、シード物質から治療薬を創製する創薬分野において、かかる知識の創造的な応用を図ればより効率のよい創薬が可能となろう。一方、教える側にとってもこれまでの教育方法とは異なる視点からの工夫が必要であり、重い課題を負うことに留意する必要があろう。ここでは以上の観点に立って二次代謝産物の生合成経路について概説するが、旧来のhard copy textにはないonline textならではの機能を多用していることを述べておく。