人類は身の回りの生物種の中から有用なものを選抜し利用してきた。これら有用生物資源はそれぞれ固有の形質をもち、人類に利用されてきたのであるが、ここでは次の表に示すように形態要素、化学要素、その他要素の3つに分類して説明しよう。
形質の分類 | 資源の分類 | 用 途 |
---|---|---|
形態形質 | 園芸資源 | 観葉植物、ペット |
化学形質 | 食用資源 | 栄養源 |
薬用資源 | 新薬シード、生薬原料 | |
機能性物質資源 | 香粧品、サプリメント | |
その他形質 | 建築工芸資源 | 建築、家具材料 |
生態機能資源 | 発酵、環境浄化など |
生物種は主として形態形質で分類されているように各生物種あるいは個体ごとに固有の形態を持っており、それが資源となりうるものがある。それが形態要素であり、例として、美しい花、樹形をもつ植物を挙げることができるが、これらは園芸的価値をもち観賞用に栽培される。いわゆるペット動物もこのカテゴリーに属し、実際に商業的価値を有するものだけを挙げても哺乳動物、鳥類だけでなく爬虫類、昆虫まで多様な種が含まれる。これらは人類の生存に必須のものではないが、生活に潤いを与えるものとして文明の進歩とともにその利用は拡大してきた。
各生物種は物質代謝により様々な化学物質を生産する。これも人類により資源として様々に利用され、これを化学要素と定義する。一般に生物の生産する化学物質は一次代謝物と二次代謝物に大別される。一次代謝物とは、生物の生命の維持に必須の物質群で全生物に普遍的に分布するものであり、炭水化物、タンパク質、脂肪などの3大栄養素やアミノ酸、糖類などが相当する。これらを多く含む生物種は人類にとって有用な栄養源であり食用資源として利用される。一方、二次代謝物とは一次物質代謝経路からスピンアウトして生産され、各生物種の生命活動にとって必ずしも必須とは考えられていない物質群をいい、各生物種に固有の存在である(→植物成分についてを参照)。二次代謝物の中でも天然色素、精油、タンニンなどは文明の発生とともに利用されてきたが、人類にとって最大の恩恵は薬用としての利用であろう。一定の薬効を示す二次代謝物を含む生物資源は共存物質が有害あるいは薬効を阻害しなければ簡単な加工を施して薬用に供することが可能である。これが生薬であり、有史以来近年に至るまでの薬物の支配的な形態であった。生薬を英語でcrude drug(粗薬)と称するのは“化学的に純粋ではない”薬物という意味である。近代科学の進歩とともに薬効成分を化学的に精製して純粋な状態、すなわち純薬(pure drug)として用いることが多くなり、19世紀前半にはモルヒネが結晶化されている(→麻薬アヘンのお話を参照)。天然資源に含まれる薬効成分は必ずしも薬として好ましい性質をもっているわけではなく、化学的修飾による加工を必要とする場合も多い。また、生物活性が不十分なときや強い副作用が顕在するときはドラッグデザインにより新たな薬を創製することも多い。この場合、もとの薬効成分をシード物質と称し、これも薬用資源のうちに含められる。二次代謝物の利用は必ずしも治療薬としてだけではなく、近年では病気予防の効果が期待されているものもあり注目を集めている。これらはいわゆるサプリメントの原料として用いられ、食品と医薬品の中間に位置する(→保健機能食品を参照)。ダイズのイソフラボン(ダイゼイン)が骨粗鬆症の予防に有効であるとして、ダイズエキスのみならず、日本の伝統的食材である納豆や豆腐などが欧米で健康食品あるいは機能食品として販売されているのはその一例である。ビタミン剤や肝油などもこの範疇に属するといえよう。これらは香粧品とともに二次代謝物の機能を利用した機能性物質資源と位置づけられる。
以上述べたように人類は生物資源を様々な形で利用してきたが、その他に建築、工芸資源としての利用がある。木本高等植物で材質が堅く物理的強度が優れたもの、樹脂に富み腐敗劣化に対する抵抗性の優れたものなどが相当し、有用生物資源の範疇に加えられている。わが国の「木の文化」はスギ、ヒノキなどの優れた形質をもつ建築、工芸資源により必然的に育まれたものである。その他、生物のもつ固有の生体機能も人類にとって有用なものが多い。たとえば、納豆や味噌、醤油など発酵食品の製造には酵母菌が利用されているが、その菌の物質代謝の機能を応用したものである。下水処理における活性汚泥も微生物のもつ物質分解の機能を利用している。このように人類による有用生物資源の利用は微生物から高等植物まで多岐にわたり、またその用途も食用、薬用から建築、工芸用まで広範に利用されてきたことが理解されよう。
以上、生物のもつ固有形質が人類により資源として用いられてきたことを述べた。生物資源は基本的には人類が有効に利用できる各生物種のもつ固有の形質の総体を指すので、今日では“遺伝資源(genetic resource)”とも称される。とりわけバイオテクノロジーが急速に進歩し、生物の遺伝子を操作することが可能になった今日では、遺伝資源という名称が一般にも広く用いられるようになった。しかし、同じ資源と称しても石油、鉱物などで代表されるいわゆる「鉱物資源」と「遺伝資源」との間には大きな相違がある。一口に遺伝資源といっても明らかになっていないことが多く、未知の形質が何らかの役にたつという期待だけが先行し、過剰に評価される傾向がある。遺伝資源は石油など鉱物資源のように一定の加工で確実に価値を生む資源とは本質的に異質のものであり、基礎、応用研究により実用化への展開が評価されてはじめて価値を生む、すなわち潜在的資源であることに留意する必要がある。これが特に顕著なのは新薬シード物質を含む薬用資源であろう。どんなに優れた薬効があっても副作用、毒性などで安全性が確保されなければ医薬品としての開発は困難であり、またそれは実際に開発研究してみないとわからない。一方、遺伝資源のソースである生物多様性についても資源と見なすことが多いが、これも本質的に誤りである。生物多様性とは、「全生物種と、それによって成り立っている生態系、各生物の遺伝形質を複合した概念」に過ぎず、また生物の形質の全てが明らかにされている訳ではない現状では資源と見なすには無理がある。しかしながら、1993年リオデジャネイロにおける生物多様性国際会議以降、生物多様性や遺伝資源をあたかも鉱物資源と同列に扱い、そのアクセスに厳しい規制が加えられるようになった。前述したような生物資源の特質はほとんど議論の対象になっていなかったようである。このように未熟な状況の中で国際世論に流されるがごとくわが国が同条約に批准したのは残念である。
遺伝資源は生物特有の特徴も合わせもっている。それは各生物種間あるいは同種内でも個体間で形質の大きな変異が存在することである。具体的な例を挙げて説明しよう。右図(クリックすると拡大、iOSの場合はGoogle Chrome・Firefoxでご覧ください)はユリ科マイズルソウ(Maianthemum dilatatum (Alph.Wood) A.Nelson et J.F.Macbr.)の地理的個体群の形態変異を表わしたものである。マイズルソウは日本列島全土を含む極東アジアの温帯に分布する多年草であるが、その葉は南に行くほど小さく北へ行くほど大きい。北方と南方に分布するものでは別種ほどの相違があるが、その変異は連続的なので種としては区別できない。これを「形態変異の地理的クライン」と称している。かかる変異は形態に限らず、生物の各形質に普遍的に存在すると考えるべきであろう。何故なら変異は種の分化、進化に付随して起きるものだからである。化学成分においても例外ではなく、化学変異の存在は普遍的であり、2つのケースが存在する。一つは成分含量の変異であり、もう一つは成分相の違いによる変異である。二次代謝物は各化学反応を触媒する酵素の組み合わせで生成され、全て遺伝子の制御を受けている。成分含量の変異は二次代謝物の生合成経路の一部を制御する遺伝子の発現のレベルに依存するものであり、一方、成分相の変異は生合成遺伝子の欠損によって起きるものである。左写真上は普通のキク科ベニバナ(Carthamus tinctorius L.)であるが、普通、頭花には紅色色素カルタミンと黄色色素サフロールイエローが含まれ、それが形態の性状として現れている。左写真下はカルタミンが全く含まれず、黄色色素の含量が極端に低い品種シロバナベニバナであるが、化学変異の著しい例の一つである。この場合は、カルタミンの生合成経路の一部の生合成遺伝子が欠損し、黄色色素の生合成遺伝子の発現が低下したものである。基原植物に簡単な加工を加えて用いる生薬においては、化学変異はその品質評価に大きく関わる。
一方、バイオテクノロジーへの利用という観点から遺伝的変異すなわち個体変異は大きいほど資源的価値は高くなる。多くの変異の中から優良形質の選抜が可能になるからである。現在、栽培される有用植物は全て歴史的に選抜されてきた品種群で、遺伝形質が固定されているので遺伝的変異に乏しく新しい形質の選抜の余地は少ない。遺伝資源として原種に近い古い品種群が求められる理由はここにある。