ニチニチソウCatharanthus roseusは、今日の日本では、ごく普通に庭に栽培する植物であり、大半の人は園芸植物と思っているだろう。園芸店で陳列されているリトルデリカータcv. Little Delicata(右写真)、プリティーインピンクcv. Pretty in Pinkなどの大輪多花の美しい品種を見て、これが有用な抗腫瘍薬の原料だと信ずる方が無理というものであろう。しかし、薬学や植物学を専攻したものにとっては、本種がキョウチクトウ科に属する植物であることを知れば、たとえどんな成分が含まれているか知らなくても、瞬時に薬用として有用な成分を含んでいるかもしれないと考えるはずである。実際、キョウチクトウ科にはアルカロイドや強心配糖体など激しい生物活性をもつ成分を含むものが多く、植物から薬の卵となる先導化合物(シード物質)を探し出そうとするとき、キョウチクトウ科は探索リストのトップに挙げられる植物群である。実際、インド原産のラウオルフィアやアフリカ原産のストロファンツスはいずれもキョウチクトウ科に属し、それぞれレセルピン、ストロファンチンという治療薬として価値ある医薬品を産み出している。ここで述べるニチニチソウも医薬資源としてのキョウチクトウ科の価値をさらに高めているのである。
ニチニチソウは今日では有用な抗腫瘍薬の原料であるが、科学者が医薬素材として当初注目したのは癌や腫瘍とは全く関係のないことであった。ニチニチソウは欧州では何世紀もの間民間療法で糖尿病に用いられてきたし、ジャマイカでもごく最近まで”糖尿病によいお茶”としてニチニチソウが飲用されてきたのである。1950年代に始められた化学的研究はニチニチソウには多くのインドールアルカロイドが含まれることを明らかにし、その数は70ほどにのぼった(これらを総称してビンカアルカロイドと呼ぶ)。しかし、
ニチニチソウの主要アルカロイドには血糖値を下げる作用が確認されたが、いずれも毒性が強く糖尿病治療薬としてふさわしいものではなかった。しかし、その研究途上でニチニチソウアルカロイドには、ラットで顆粒球を減少させ骨髄を抑制する作用のあることがわかり、細胞毒性の強さは抗癌薬の開発という観点から十分なレベルにあるとして、急遽抗癌成分の探索にきりかえられたのである。その結果、1958年に二重分子インドールアルカロイドビンブラスチン(Vinblastine)、1961年に類似成分のビンクリスチン(Vincristine)が単離された。これら2種のアルカロイド及びその化学修飾体ビンデシン(Vindesine)はいずれも強い細胞分裂阻害作用を有し、今日、臨床で抗腫瘍治療薬として用いられている。その作用機序は、癌細胞の有糸分裂の際にtublinに結合し、microtubulesの集合を阻止することで分裂中期の紡錘体形成を阻害し、有糸分裂を妨害することによると考えられている。前述3種の薬品はいずれもよく似た化学構造を有し、また生物活性の基盤が共通にもかかわらず、抗腫瘍スペクトルや副作用にかなりの違いが見られる。ビンブラスチンは主に悪性リンパ腫(ホジキン病とも称する)に対して有効である。これは病状が徐々に進行して最後には死に至る病気であり、従来はナイトロジェンマスタード系のアルキル化剤が治療薬として用いられていたが、今日ではビンブラスチンが有効な治療薬として考えられている。その他、カポジ肉腫、神経芽腫、乳癌にも有効とされている。副作用としては白血球や血小板減少など骨髄機能の抑制があり、これが服用量を決定する最大の要素となっている。ビンクリスチンは主に急性白血病に用いられ、副作用として骨髄機能抑制のほか、神経毒性があり末梢神経障害が起きるので、これが服用量の決定要素となる。また、米国ではビンクリスチンには催奇性があるとして妊婦に対する使用は禁忌とされている。ビンドレシンは毒性や副作用はビンブラスチンに類似し、黒色腫や肺癌に用いられる。ビンカアルカロイド系抗腫瘍薬は一般に毒性が強いので、通例、7~10日毎に投与する。実際に、連日の投与により致命的となったケースがある。
ニチニチソウと同様に園芸植物として栽培されるものに、ツルニチニチソウVinca
major、ヒメツルニチニチソウVinca
minorがある。その名の通り後2種は匍匐性植物であり、直立性のニチニチソウとは異なる。かって、これら3種はかってツルニチニチソウ(Vinca)属に分類されていたが、熱帯性のニチニチソウとその近縁種は分属され、学名はCatharanthus
roseusに改められた。ニチニチソウに含まれるアルカロイドを臨床薬理学でビンカアルカロイドと称するのは旧学名Vinca
roseaのなごりである。因みに、ツルニチニチソウ、ヒメツルニチニチソウは類似のアルカロイドを含むが、ビンブラスチン、ビンクリスチンは含まれていない。医学、薬学分野では、現在でもニチニチソウの旧学名を用いることがあり、またツルニチニチソウと混同されることもしばしばある。ツルニチニチソウ属は欧州などの温帯性であるのに対して、ニチニチソウはもともとマダガスカル原産とされ、今では熱帯のみならず沖縄などのような亜熱帯でも野生化している。ツルニチニチソウと同様、この美しい植物も世界各地の民間療法に用いられており、インドでは葉から調製したジュースを蜂に刺されたときに用い、中南米では肺の鬱血や炎症、のどの痛みに、また、カリブ海諸国では花のエキスを目の痛みや炎症に用いられてきた。こうしてみるとニチニチソウは園芸植物ではなく立派な薬用植物だったのであり、わが国ほかの先進諸国が勝手に園芸植物としたにすぎないことがわかる。約40年前のニチニチソウの化学的研究は高等植物が医薬資源として依然有用であることを証明した。植物起源の抗癌薬としては、この後、イチイ属からタキソールが、カンレンボク、クサミズキからイリノテカンが開発され、この流れはまだしばらく続くであろう。ニチニチソウにおけるビンブラスチン、ビンクリスチンの含量は非常に低く、そのため組織培養による生産や全合成による供給が検討されたこともあるが、結局植物体からの抽出にとどまっており、そのため非常に高価な薬品となっている。今後、この面での研究の展開が期待されよう。
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