トリプトファン由来のアルカロイド
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1.単純インドールアルカロイドの生合成

 トリプトファン(Tryptophan)はインドール(indole)骨格を含むので、生合成的にトリプトファンに由来するアルカロイドは「インドールアルカロイド(indole alkaloid)」と総称される。実際にはトリプトファンは脱炭酸されてトリプタミン(Tryptamine)となり、トリプタミンがインドールアルカロイドの直近の前駆体である。インドールアルカロイドの中には、トリプタミンの誘導体程度のものがあり、それを「単純インドールアルカロイド」と称する。西アフリカ原産のマメ科植物Physostigma venenosumの種子はカラバル豆と称され、有毒として知られていた。その主成分はフィゾスチグミン(右構造式;Physostigmine)というカルバメート基を有する比較的構造の簡単なトリプタミン誘導体であるが、カルバメート基の存在によりコリンエステラーゼに結合してその酵素活性を阻害し、結果として強い副交感神経興奮作用を示す。その結果、縮瞳、骨格筋収縮、胃腸運動や分泌の亢進などの作用を示すので、重症筋無力症、緑内障調節麻痺、腸麻痺などに用いられる。ライムギやオオムギ、その他多くのイネ科植物の花穂に寄生するバッカクキンClaviceps purpureaは二次代謝産物としてエルゴタミン(Ergotamine)、エルゴメトリン(Ergometrine)などのいわゆる麦角アルカロイドを産生する。エルゴタミンは交感神経α遮断作用があり血管収縮作用が強いので偏頭痛の治療に用いられ、エルゴメトリンは子宮収縮作用がある。エルゴタミン、エルゴメトリンはいずれも重要な医薬品である。エルゴタミン、エルゴメトリンの主骨格部分はインドール骨格を有するリゼルグ酸(Lysergic acid)という物質である。リゼルグ酸はトリプトファンとジメチルアリルピロリン酸(DMAPP)から図1に示すように生合成される。DMAPPが結合したジメチルアリルトリプトファンが脱炭酸され、閉環してリゼルグ酸を生成する。この経路ではトリプタミンが前駆体でない点が普通のインドールアルカロイドの生合成と大きく異なる。中間体のChanoclavine-IとAgroclavineはともに天然物である。因みにリゼルグ酸のジエチルアミド体は一般にはLSDと称され、強い幻覚作用と向精神作用があるので麻薬に準じた扱いを受ける。

図1 リゼルグ酸の生合成

2.モノテルペンインドールアルカロイドの生合成

 インドールアルカロイドの大半はトリプタミンにC10単位が結合した複雑な構造を有するものであり、またこのグループのインドールアルカロイドは一般に強い生物活性があり、医薬品あるいはその素材として重要なものが多い。このグループのアルカロイドをモノテルペンインドールアルカロイドと称するが、実際にはC10単位はセコイリドイドであるセコロガニン(Secologanin)に由来するので、その呼称は適当でないように見える。しかし、今日では、イリドイド-セコイリドイドを変形モノテルペンあるいはイリドイド型モノテルペンとしてモノテルペンに統合することが多いので、トリプタミン-セコロガニン由来のものをモノテルペンインドールアルカロイドと称するのが一般的となっている。図2に示すように、トリプタミンとセコロガニンがPictet-Spengler型の縮合によりストリクトシジン(Strictosidine)が生成する、今日までに数千種以上知られているモノテルペンインドールアルカロイドは全てストリクトシジンを前駆体とする。ストリクトシジンから図2のような複雑な変換を経てコリナンテイン(Corynantheine)型、ヘテロヨヒンビン(Heteroyohimbine)型、ヨヒンビン(Yohimbine)型と称されるアルカロイドが生成する。このグループのアルカロイドはキョウチクトウ科インドソケイ亜科(Plumerioideae)、アカネ科キナ亜科(Cinchonoideae)植物にとりわけ多く含まれる。キョウチクトウ科ラウオルフィアは別名インドジャボク(印度蛇木)とも称し多くのモノテルペンインドールアルカロイドを含むことが知られている。その一つに血圧降下薬として用いられるレセルピンがあるが、ヨヒンビン型に属する。一方、同じラウオルフィアに含まれ、抗不整脈薬として重要なアジマリンは複雑な骨格をしているが、コリナンテイン型から派生したものである。

図2 インドールアルカロイドの生合成(1)

 ヨヒンビン型の前駆体となるガイソシジン(Geissoschizine)から派生して生成するインドールアルカロイドとしてイボガ(iboga)型、アスピドスペルマ(aspidosperma)型がある。このタイプのアルカロイドは図3に示すような機構で生成すると考えられ、キョウチクトウ科インドソケイ亜科植物に多く含まれる。ニチニチソウには抗腫瘍薬として重要なビンクリスチン(Vincristine)、ビンブラスチン(Vinblastine)を含むが、イボガ型とアスピドスペルマ型が結合したユニークな二量体インドールアルカロイドである。この二種の抗腫瘍アルカロイドは薬理学ではしばしばビンカアルカロイドと称されるが、基原植物のニチニチソウの古い学名Vinca roseaに因む。天然物化学や生薬学ではこの名は用いず、今日ではニチニチソウアルカロイドと称する。また、マチン科マチンStrychnos nux-vomicaの種子はホミカエキスやホミカチンキの原料であり苦味健胃薬に配合されるが、ストリキニーネ(Strychinine)を主成分として含む。ストリキニーネもこの系列で生合成されるアルカロイドであり、図3に示すようにデヒドロプレアクアミシン(Dehydropreakuammicine)から分岐して生成する。ストリキニーネそのものは医薬品として使われることはなく、むしろ植物起源としてもっとも強力な天然毒の一つとして知られ、中枢神経系、特に脊髄に作用し、骨格筋を緊張させるとともに反射興奮性を増大させる。ストリキニーネの作用は主に脊髄における反射経路のシナプス後抑制機構の選択的遮断によるものであり、このため実験薬理学においては重要な薬物である。 同じデヒドロプレアクアミシンから派生して生合成されるアルカロイドにアカネ科カギカズラに含まれるリンコフィリンがある。カギカズラの節付きトゲを釣藤鈎と称し、漢方では血圧降下などを目的とした処方に配合される。
 一般にモノテルペンインドールアルカロイドは強い生物活性を有し医薬原料として有用であるが、限られた分類群の植物に局在する。キョウチクトウ科(Apocynaceae)、アカネ科(Rubiaceae)、マチン科(Loganiaceae)が主ソースであるが、各科に属する全ての種に含まれるわけではない。キョウチクトウ科はキョウチクトウ亜科(Apocynoideae)、インドソケイ亜科(Plumerioideae)の2つの亜科のうち、インドソケイ亜科に集中して分布することが知られている。ラウオルフィアニチニチソウチョウジソウにはモノテルペンインドールアルカロイドが含まれるが、いずれもインドソケイ亜科に分類される。インドソケイ亜科のうち、ミフクラギ連(Cerbereae)はモノテルペンインドールアルカロイドがほとんど知られていないので、最近ではフクラギ亜科(Cerberoideae)として区別されることが多い。アカネ科はアカネ亜科(Rubioideae)、キナ亜科(Cinchonoideae)に大別されるが、全て木本植物から構成されるキナ亜科に集中する。モノテルペンインドールアルカロイドが含まれる分類群の植物はいずれも大半が熱帯~亜熱帯に集中しており、熱帯雨林が潜在的医薬資源に富むとして注目を集めているのもこのためである。

図3 インドールアルカロイドの生合成(2)

3.キナアルカロイドの生合成

 上述したようにアカネ科キナ亜科はヨヒンビン型などのインドールアルカロイドを多く産することで知られる。亜科の名の由来でもあるアカキナノキほかキナ(Cinchona)属は南米アンデスを原産地とし、その樹皮は古くから薬用とされてきた。主成分はキニーネ(Quinine)、キニジン(Quinidine)であり、抗マラリア薬としての価値が高まるにつれて世界の熱帯で栽培されるようになり、今日ではジャワ、スマトラ、インドなどが主産地である。キニーネは今日でも抗マラリア薬として重要であり、またキニジンにも抗マラリア作用はあるが、心筋抑制作用の方が著しいので専ら抗不整脈薬として用いられる。キニーネ、キニジンほかキナに含まれるアルカロイドをキナアルカロイドと総称するが、ヨヒンビン型などのインドールアルカロイドと異なり、この仲間のアルカロイドは見かけ上はインドールではなくキノリン(Quinoline)骨格を有する。そのため、キナアルカロイドはしばしばキノリンアルカロイドと称される。しかし、生合成的にはストリクトシジンに由来することが明らかにされているので、変形モノテルペンインドールアルカロイドと称すべきである。構造からではなく、生合成的起源を基にすればキナ属は化学分類学的観点からも決して矛盾しない。キナアルカロイドは図4のような経路で生合成されると考えられている。

図4 キナアルカロイドの生合成

4.抗腫瘍アルカロイド:カンプトテシンの生合成

 米国国立癌研究所(NCI)は1960年代に大規模な抗腫瘍天然物質の組織的スクリーニングを行い、中国原産のヌマミズキ科カンレンボク(キジュ)から強い抗腫瘍活性成分であるカンプトテシン(Camptothecine)を見いだした。これはキノリン骨格を有するものであるが、セコイリドイド骨格ももつので、モノテルペンインドールアルカロイドの変形であることがわかる。これは実際に標識化合物を用いた投与実験で実証され、その生合成経路は図5のように推定されている。カンプトテシンは強い副作用のため米国では抗腫瘍薬としての開発が中断されたが、わが国の製薬メーカーにより開発が継続され、これより誘導されたイリノテカン(Irinotecan)が抗腫瘍薬として市販され、とりわけ欧米で繁用されている。イリノテカンはとりわけ”切れ味の鋭い抗腫瘍薬”として欧米医学会で広く支持されたが、特にわが国研究者により白金錯体抗腫瘍薬であるシスプラスチン(Cisplastin)との併用が抗腫瘍治療に効果のあることが報告されたことが大きい。わが国ではイリノテカンの使用による薬害が続出し、厚生労働省医薬品等安全情報においてその適正使用に関する勧告が出されたが、全て末期癌患者や体力の落ちた癌患者に投与した結果と思われる。イリノテカンはその”切れ味の鋭さ”からむしろ癌の早期段階で、患者に十分な体力のあるうちに用いるのが好ましいと思われる。わが国で開発されたにもかかわらず、イリノテカンの売上げ高がわが国で低調なのは、抗癌治療においてわが国の化学療法の水準が決して高くないことを示しているといえるだろう。
 カンプトテシンはユニークな構造をもつアルカロイドであるが、後に沖縄県八重山諸島に自生するクロタキカズラ科クサミズキにも含まれていることがわかり、現在ではイリノテカンの原料供給種としてクサミズキが石垣島で栽培されている。そのほか、アカネ科チャボイナモリほかイナモリソウ(Ophiorrhiza)属などから単離されている。このようなカンプトテシンの植物界における分布は化学分類学的見地からも極めて興味深い。なぜなら、モノテルペンインドールアルカロイドはこれまでキョウチクトウ科、アカネ科、マチン科に限られていたからである。変形モノテルペンインドールアルカロイドとはいえ、これら3科以外にクロタキカズラ科、ヌマミズキ科から得られたことは、植物種の進化、分化を考える上で貴重な知見を提供するものである。

図5 カンプトテシンの生合成