サポニン(saponin)はなぜ泡立つか ?
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1.サポニンは界面活性様作用をもつ

 サポニン(saponin)は、シャボン玉のシャボン(sapõ;ラテン語)と語源は同じであることから明らかなように、水と混ぜて振ると泡立つ性質(起泡性)saikosaponinがある。構造的にはトリテルペンやステロイドにオリゴ糖(二個以上の糖が結合したもの)が結合した配糖体の一種であり、後述するようにアグリコン(配糖体の非糖部をいい、サポニンの場合はサポゲニンともいう)の種類によりトリテルペノイドサポニンとステロイドサポニンに大別され、植物界に広く分布する二次代謝物である(→主なサポニンの構造式)。サポニンが何故泡立つか、ここではサポニンの中でも比較的構造の単純なサイコ(柴胡;セリ科ミシマサイコの根)という漢方薬に含まれるサイコサポニンa(右構造式;Saikosaponin-a)を例にあげて説明する。サイコサポニンaの糖部は水酸基が多く親水性であるのに対して、オレアナン系トリテルペンの一種である非糖部は水に親和性のある官能基はほとんどなく疎水性の炭化水素の塊に近い。つまり、同じ分子内に親水性と疎水性という両極端な性質をもった部分構造が共存していることになるが、この構造的特徴が緩和な界面活性様作用をもたらすのである。これは高級脂肪酸のナトリウム塩である石鹸と対比すると理解しやすいだろう。石鹸を水に溶かすとき、疎水性のアルキル基は水に排除されるように凝集し、親水性のカルボン酸塩部が水と相対していわゆるミセルができ、これがquiapos泡立ちとして見えるのである。サポニンも基本的には同じメカニズムで泡立つのであるが、石鹸と違うのは非イオン性かつ中性という点である。サポニンの界面活性作用は石鹸に比べるとかなり弱いが、世界には今日でもサポニンを多く含む植物を石鹸代わりに洗濯などに利用する民族が多く存在する。左の写真はフィリピンマニラ市キアポの生薬マーケットの風景であるが、写真中央ちょっと下にオレンジ~褐色の束になったものが見られる。これはモダマE. tonkinensisほか大きなマメ科藤本の茎を潰して平たくし乾燥したものものを束ねたもので現地ではグゴ(Gugo)と呼ばれている。グゴは「体にやmodamasさしい天然シャンプー」というキャッチフレーズで通常の石鹸よりむしろ高価にも関わらず、フィリピンには愛好家が多い。グゴには多量のサポニン(オレアナン系トリテルペンをアグリコンとするトリテルペノイドサポニン)が含まれており、これに水を含ませて体を洗ったり洗髪したりする。実はグゴの基原植物は沖縄にも分布しており(わが国南西諸島に同属近年種のヒメモダマEntada phaseoloidesがある)、ここで紹介する写真(右)は実は西表島で撮影したものである。豆果は長さ1メートルほどになり、マメ科では最大といわれる。因みに沖縄ではモダマは利用されていない。サポニンは天然物質の間で起泡性というユニークな性質を有するのであるが、界面活性様作用に基づく生物活性として赤血球膜を破壊する溶血作用のほか、魚毒作用があり漁に利用されることもある。わが国では、沖縄県でツバキ科イジュSchima wallichii subsp. noronhae、小笠原諸島で同属種のムニンヒメツバキSchima wallichii subsp. mertensianaの樹皮を漁労に用いたという記録があるが、いずれもサポニンに富む。第二次大戦中、原料物資の不足から石けんの供給が止まり、サポニン含量の高いことで知られるエゴノキやムクロジSapindus mukurossiの果皮を使って洗濯をしたことは戦争体験として語り継がれている。

2.トリテルペンサポニンとステロイドサポニン

 サポニンを構造的側面から見ると、前述したようにトリテルペノイドサポニン(triterpenoid saponin)とステロイドサポニン(steroid saponin)に類別される。トリテルペノイドサポニンはアグリコンがトリテルペンであるものだが、五環性のオレアナン(oleanane)系が大半を占め、四環性のダンマラン(dammarane)系がごく少数見られるにすぎない。実は、生薬でサポニンを主成分として含むものははなはだ多く、時にこれらをサポニン生薬と称する。特に、オレアナン系トリテルペンをアグリコンとする生薬がもっとも多く、オンジ(ヒメハギ科イトヒメハギなどの根)、カンゾウ(甘味成分グリチルリチンを含む)、キキョウ(キキョウ科キキョウの根)、ゴシツ(ヒユ科ヒナタイノコズチなどの根)、サイコ(セリ科ミシマサイコの根)、セネガ(ヒメハギ科ヒロハセネガなどの根)、モクツウ(アケビ科アケビミツバアケビの茎)がある(→主なサポニンの構造式を参照)。一方、ダンマラン系トリテルペンをアグリコンとするサポニンを含むものとしてはニンジン(ウコギ科オタネニンジンの根)、タイソウ(クロウメモドキ科ナツメの実)がある。チクセツニンジン(ウコギ科トチバニンジンの根茎)は両方のタイプが共存し、オレアナン系が主サポニン、ダンマラン系が副サポニンであるが、基原植物の産地によっては含有比が逆転することもある。ステロイドサポニンはアグリコンがC27のファイトステロールの配糖体を指し、それ以外のステロイド配糖体、例えばジギタリスの強心配糖体などはサポニンに含めない。ステロイドサポニンはユリ科、ヤマノイモ科など単子葉植物に多く見られ、主な生薬ではチモ(ユリ科ハナスゲの根茎)、バクモンドウ(ユリ科ジャノヒゲなどの根の膨大部)が挙げられる。因みに、トリテルペノイドサポニンとステロイドサポニンが共存する例は知られていない。ステロイドサポニンのアグリコンの大半はスピロスタンまたはフロスタンであるが、ジャガイモの芽生えに含まれるソラニンのようにC27のステロイドアルカロイドをアグリコンとするものもユリ科に散見される。ソラニンも溶血作用などサポニン特有の性質をもつが、アルカロイドなので摂取によって中毒を起こす有毒サポニンである。
 サポニン含有生薬の中で「去痰薬」として用いられるものが多いことは特筆に値する。サポニンの緩和な界面活性用作用が重要な役割を果たしていると見ることができよう。また、オンジ、セネガ、キキョウなど去痰薬として繁用される生薬は湯液、エキスではなく散剤(微末)として用いるのが特徴で、熱湯抽出で相当量のサポニンが分解することと関連すると思われる。一般に、サポニンは水溶性のため、漢方処方などの湯液の経口投与では腸管吸収が困難で薬効を示すに十分な血中濃度は得られにくいと思われてきたが、サイコやニンジンなどでは動物実験で相当の血中濃度に達すると報告されている。サイコサポニンでは抗炎症作用、抗アレルギー作用、ストレス潰瘍予防作用などが認められ、ニンジンサポニンでも精神、神経系に対する作用など多様な生理作用が報告されている。ニンジンサポニン、サイコサポニンは血中ACTH、コルチコステロン量を増大するなど代謝、内分泌系に対する作用も明らかにされている。このようなサポニンの興味深い薬理作用が報告されるようになったが、しかし、サポニンとそれを含有する生薬(とりわけ漢方薬)の薬効との関連については、今なお多くの点が未解明である。