天然界には芳香環にC3基の結合したC6-C3骨格を有するものが多く見られる。これらをフェニルプロパノイド(phenylpropanoid)と総称する。図1にその主なものを挙げたが、フェニルプロパノイドも化合物として多様なグループを形成している。単純なフェニルプロパノイドとしてはオイゲノール(Eugenol)やケイヒアルデヒド(Cinnamaldehyde)などの精油成分がある。一方、セリ科植物に広く分布し、光増感作用を有するキサントトキシン(Xanthotoxin)の母核クマリン(coumarin)は複素環を形成している単純フェニルプロパノイドの一つである。因みに、キサントトキシンはメトキサレン(Methoxsalen)の名で尋常性白班治療薬として用いられる。また、天然界にフラボノイドとして広く分布するフラボン(flavone)はその部分構造としてC6-C3を有し、ジフェニルプロパノイド骨格を形成している。また、アカメガシワに含まれるイソクマリン誘導体ベルゲニン(Bergenin)は分子内にC6-C1骨格を有するが、これはC3の側鎖が酸化により切断されたもので、もともとはフェニルプロパノイドに由来する。いわゆる加水分解型タンニンは全てこれに属する。フェニルプロパノイドが複数結合したものは更に多様な構造を形成するが、これらを広義のリグナン(lignan)と総称する。高等木本植物はリグニン(lignin)といわれる植物繊維を含み、それによって壮健な材質となる。リグニンはフェニルプロパノイドが重合して高分子となったものであり、これもフェニルプロパノイドの仲間である。
以上挙げた化合物を形成するフェニルプロパノイド骨格は、生合成的にはシキミ酸を共通の前駆体とし、図2に示すようにフェニルアラニン、チロシンを経て生合成される。もっとも単純なフェニルプロパノイドであるケイヒ酸(Cinnamic acid)、p-クマール酸(p-Coumaric acid)に3単位のマロニルCoAが結合してできたC6-C3-トリケチドはフラボノイドやスチルベンへ誘導される(複合経路の項で述べる)。ケイヒ酸およびその誘導体は側鎖部の二重結合がβ酸化を受けると安息香酸(Benzoic acid)や没食子酸(Gallic acid)となり、さらに様々な二次代謝産物へ誘導される。ラン科バニラの芳香成分バニリンやツツジ科ウワウルシに含まれるアルブチンはその一例である。ヤナギ科セイヨウシロヤナギSalix albaほか同属植物に広く含まれるサリシン(Salicin)もC6-C1物質で、アスピリンのシードとなったことは周知の事実である(アスピリンのお話参照)。p-クマール酸は2位への水酸基の導入を経てクマリンへ誘導され、また3位への導入でカフェ酸(Caffeic acid)となり、アクテオシド(Acteoside)、クロロゲン酸(Chlorogenic acid)、ロスマリン酸(Rosmarinic acid)などの抗酸化性ポリフェノールやシソ科タンニンの前駆体となる。コニフェリルアルコール(Coniferyl alcohol)を経てラジカル反応メカニズムによりリグナンや繊維組織であるリグニンを生成する。
単純フェニルプロパノイドのうち、極性の低いものは精油成分として存在する。チョウジ油のオイゲノール、生薬ケイヒほかクスノキ属各種の芳香成分であるケイヒアルデヒド、ウイキョウのアネトールが代表的なものであり、精油中の大半を占める主成分であり原料化合物としても重要である。例えば、重要な香料であるバニリン(Vanillin)は工業的にはオイゲノールあるいはリグニン(コニフェリルアルコールのポリマー)から誘導される。
複数のフェニルプロパノイドが結合してできるものが広義のリグナンであるが、その前駆体はコニフェリルアルコール(あるいは5位にメトキシ基が結合したシナピルアルコール)と考えられている。コニフェリルアルコールはフェノール性水酸基を有するので、ペルオキシダーゼ(peroxidase)のような酸化酵素で酸化されるとフェノキシラジカルを生じる。このラジカルは、図3に示すように、芳香環とそれに共役する二重結合に対して種々の共役構造をとるが、この共役構造の一つである側鎖のβ位ラジカルが2単位以上縮合してできるものを狭義のリグナンと総称する。北米原産のメギ科ポドフィルムの根に含まれる有毒成分ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)はその典型であり、2単位のコニフェリルアルコールラジカルが縮合して生成する。ポドフィロトキシンは強い抗腫瘍作用があり、本物質から創製されたエトポシド(Etoposide)は肺小細胞癌、悪性リンパ腫などに臨床で用いられる。マツブサ科チョウセンゴミシの果実(生薬ゴミシ)に含まれるシサンドリン(Schizandrn)も典型的なリグナンであり、鎮痛、胃液分泌抑制、胆汁分泌作用が知られ、ゴミシの薬効成分の一つと考えられている。ポドフィロトキシン、シザンドリンはラジカルの関与する酸化カップリングで環を形成している。一方、キク科ゴボウの種子(生薬ゴボウシ)に含まれるアークチインは5員環のラクトンによって環を形成している。
一方、コニフェリルアルコールラジカルは側鎖のβ位以外にも安定的にラジカルが存在するので、別の部位で縮合が起きることもある。それらをネオリグナン(neolignan)と総称し、狭義のリグナンとは区別する。ホオノキ樹皮(生薬コウボクの基原)に含まれるマグノロール(Magnolol)やホオノキオール(Honokiol)、またコショウ科フウトウカズラに含まれる強力なPAF(血小板活性化因子)アンタゴニスト活性を有するカズレノン(Kadsurenone)などがある。ネオリグナンは芳香環同志あるいは芳香環と側鎖が縮合したものであり、リグナンとはかなり異なった構造のものが多い。
葛根湯など繁用される漢方処方の主要配合生薬の一つであるマオウ(麻黄)はエフェドリン(Ephedrine)など一連のマオウアルカロイド(Ephedra alkaloid)と称される二次代謝成分を含む。エフェドリンは顕著な気管支筋弛緩作用を示し、古来、中国伝統医学や漢方医学で呼吸系疾患の治療薬として用いられてきたマオウの薬効成分である(→参考ページ「抗喘息薬エフェドリンの製造原料マオウ(麻黄)」参照)。エフェドリンはフェニルアラニンと同じC6-C3の基本骨格を有し、典型的なフェニルプロパノイドのように見える。また、アルカロイドという視点から見れば、フェネチルアミンの誘導体のようにも見える。しかし、二次代謝成分としては構造が単純にもかかわらず、意外と複雑な経路を経て生成し、その生合成経路はフェニルプロパノイドに由来するものの、以上のいずれでもないことが明らかにされている。放射性同位元素で標識したフェニルアラニンを用いた投与実験では芳香環とそれに隣接する炭素(1位)だけが取り込まれ、残りのC2部分(2、3位の炭素)は別の前駆体に由来することがわかった。すなわち、フェニルプロパノイドがβ酸化を受けて生成したC6-C1にC2部分が結合したことを示唆する。後にこのC2部分はピルビン酸(Pyruvic acid)に由来することがわかり、エフェドリンの生合成は次の図に示す経路で進行すると推定されている。以上のことから、エフェドリンはシキミ酸経路で生合成されるプソイドアルカロイドということができる。